お葬式

わたしと夫は遺書を作っていた。子供も3人いたし、家の購入の時に勧められて作っていたのだ。これはイギリスでは割と普通なことだったと把握している。お互い、配偶者が亡くなったら全ての財産を相手に託すこと、そして二人とも火葬を希望した。

夫の遺体は解剖の後、綺麗に縫われ(跡は確認していない)葬儀会社の冷蔵庫に移動された。お葬式までここで保管されることになる。葬儀会社もいくつもあったが、勧められた中で、一番家に近いところを選んだ。葬儀会社の人が家に来て、話し合いが持たれた。不安だったので、義理の弟、親友夫妻、そして教会の牧師さんにも在籍してもらった。

棺選び、火葬された後の骨壷選び、遺体に着せる服を葬儀会社に持っていくことなどが確認された。

お葬式は、家族で通っていた教会で行われたので、それについては別に話し合いが持たれた。生バンド、そして夫が好きだった賛美歌数曲を希望した。ドイツの家族にも日本の家族にもわかるように、アメイジンググレイスも選んだ。お花の手配、そして、当日配るお葬式の流れの紙に載せる夫の写真を選んだ。家族写真の一枚のとっておきの笑顔の写真だ。

事務的に諸々こなしていった。夫に着せる洋服は、いつものジーンズにシャツか、スーツで悩んだけど、スーツにした。ワイシャツにアイロンをかけたのは夫の母だった。スーツとシャツをケースに入れて、わたしは葬儀会社まで歩いて行った。夫が火葬される最後の服をわたしは運んだのだ。

夫の友達、会社関係の人、お世話になった人たちにメールでお葬式のことを伝えた。またまたたくさんの返事とカードとお花が家に届いた。

お葬式当日、わたしは子供達と一緒に一番前の席に座って、夫の棺を見つめた。まるでドラマのように、自分のこととは思えなかった。わたしは妊婦で末っ子を抱っこして、上の子供達二人の手を握って、葬儀に参列した。式の最後で、夫の棺が運び出される時、子供達に「パパが天国に行っちゃうよ。バイバイしよう」ってこそっという余裕もあった。あれはなんだったんだろう。なんであんな余裕があったんだろう。泣いて泣いて泣いたけど、どこか信じられない気持ちだった。

火葬場についていくこともできたけど、わたしは行かないことにしていた。そこは、もう立ち入れないと思ったからだ。そこまで心が強くなかった。次に夫に会ったのは、葬儀会社で、わたしの選んだ骨壷を手に取った時だった。イギリスでは骨壷を家に置いておく事は出来ず、お墓が決まるまで、葬儀会社に骨壷は任せることになった。

人の人生ってなんなんだろう。こんなにもいい人で、こんなにも色んな人に影響を与えて、真面目に生きてきた人がこんなにもあっさりといなくなるなんて。

わたしと夫はクリスチャンなので天国を信じている。夫に会えると信じている。でも、残された人生は長すぎて途方に暮れるよ。

お葬式の後、ドイツから来た友人も加わって、うちに集まった。みんなお酒を飲んで、泣いて、大変な夜だった。私は久しぶりにつわりを感じて、吐いた。夫の母が心配して抱きしめてくれた。

お葬式が終わって、ドイツの家族や友達は帰ってしまった。日本の家族も友達も帰った。いよいよ、私と子供達3人だけになった。

お葬式が終わっても何もひと段落なんてしない。苦悩は始まったばかり。辛さ寂しさ、どうしようもない不安、抱きしめられたい気持ちは止まらない。なんで死んじゃったの。どうして私より先にいっちゃったの。夫だって死にたくなかったはずなのに、私は夫の無念さに心を痛めるよりも、自分と子供達のこれからの日々に対する不安と寂しさで押しつぶされそうだった。