引きこもり生活22日目(土曜)

まだ買い置きはあるのだけど、この1週間どこのスーパーでもトイレットペーパーが売り切れていたので、そろそろ不安になって、今日は土曜だし、朝1番に行けばあるかもしれない、と思い、8時に歩いてスーパーに行った。そして、初めて、大人になって初めてマスクをつけた。給食当番以来のマスク着用だ。ドイツでマスクなんて本当にありえないと思っていたけど、この数日、マスクをつける人を見るようになっていたし、ネットの記事で、やっぱりマスクを着用する国はコロナ感染率が少ないと読んだ。そして、オーストリアでは今や、スーパーでの買い物時は、マスク着用が義務化されたのだと言う。そんなこんなで、ちょっとドキドキしてマスクをつける。外を歩くときにはつけず、スーパーの入り口でつけた。ちょっと違和感があったけど、同時に安心感も出た。今日は土曜というせいもあって、少し人は多めで、マスクの人もいたし、特別視されることもなかった。このスーパーはちょっと値段が高めに設定されているので、必要品だけを買った。トイレットペーパーも一人ひとパックだけというルールになっていて、10ロールのパックを買うことができた。これで一安心だ。

お昼ご飯はトマトとマッシュルームとニンニクのスパゲティにサラダ。食後、お肉を買いに別のスーパーまで自転車で行くことにした。移動中は何もつけず、また入り口でマスクをつけた。このスーパーは少し安めなので、結局色々買い込んでしまい、自転車のカゴはいっぱいになるし、帰りはハンドル部分にも荷物をかけてフラフラして帰ってきた。

家を片付けてからは、子供達と散歩。土曜なので、子供の同級生の家族やパパにも会ったけど、2メートルくらい開けて手短に挨拶するだけ。

お天気がとても良くて、家に戻ってからは、日当たりが最高のリビングの窓の汚れが気になり、窓掃除。窓掃除が苦手な私なりに綺麗になったと満足していたら、長女と次女がケーキを作りたいと言い出した。子供も暇を持て余している。

子供達がキッチンを独占している間、私は一人コーヒータイム。今日はあまりコロナ関係のニュースを見ずに、好きな音楽やユーチューブを見てまったり過ごした。

夜ご飯は、チキンのモモ肉のカレー煮込み。圧力鍋でやると、本当に手短にできるし、お肉がほろほろ柔らかく仕上がって子供達にも大人気のメニュー。

そして、仲良しのこちら在住の日本人友達と4人でオンライン飲み会。やっぱりギネスビールとコロナビールと、そしてドイツの地ビールを飲みながら、コロナの話、子供の話、仕事の話、これからの不安など語り合った。あっという間の3時間。

明日は初夏のようなお天気になるらしい。冬が長くて暗いので、暖かくなると急にドイツ人は陽気になったり、外に出たくなったりする。明日は警察が、人が集まってないか見回りが厳しくなるという。市民の憩いの場の芝生も今日から閉鎖されているらしい。

我が家は、ちょっと離れたところまでドライブして散歩に行って、今年初のバーベキューをやる予定だ。

ちなみに、今は、家以外の場所でバーベキューやピクニックをすると250ユーロか200ユーロの罰金だという。そういう意味でも、家に庭があってよかったな、と思う。こういうときに、バルコニーや庭のありがたさを感じる。家族仲良く、健康で過ごしたい。

引きこもり生活21日目(金曜)

朝から二つのスーパーを回った。警備員が、店内の人数を制限している。前回よりも厳しい雰囲気だ。買いたいものは全て揃ったが、本当に、なるべくスーパーに行く回数を減らしたいなと思う。スーパーには窓もないし、空気が澱んでいる。理想は週に1度くらいの買い物にしたいけど、4人も子供がいると、しかも、丸一日いると、本当にものがあっという間になくなる。ドイツの家には多くある地下室もうちにはないので、備蓄にも限りがある。地下室がいっぱいの大きな家だったら、みんなとんでもなく物を溜め込んでいるかもしれない。

お昼ご飯はガーリックブレッドとソーセージとイチゴ。手抜きだ。もう毎日毎日作るのも面倒臭くなってきたのが正直なところだ。

お昼ご飯の後、全員で散歩に行こうと誘うのに、長女しかのってこなかった。長女と二人だけで小一時間散歩して、他の3人は強制的に庭に出した。ずっと家にいたら、本当に体がなまるはずだ。結局長男は近所を一人で自転車で回って気分転換した。

その後、みんなで散々ボードゲーム。そしてDVD鑑賞。本当に毎日代わり映えしない。

夜ご飯は、オムライスとサラダ。

ニューヨークのハーレムに住む日本人の若いシングルマザーが、日本にコロナの危険性を大阪弁で訴えるYouTubeを見た。

ドイツの私の町の緊迫感はここまでではないけれど、感染者は知り合いのレベルまで出てきているし、本当に、どこの国が医療崩壊してもおかしくない。だから、毎日代わり映えしないけど、同じことの繰り返しだけど、今は家にいる。誰とも会わない。

夕食後、ドイツ人のママ友達数人とオンラインチャット。みんな元気そうでよかった。

この週末はお天気がいいらしい。お天気が良くなって、若者がリラックスして外で遊びまわらないよう、集まらないよう、警察の警備が厳しくなるらしい。日本の皆さんも、今は、家にいてほしい。

泥棒にやられた 後編

なんだか色々あってすぐに更新できなかったけど、続きです。

その夜は結局、夜中の1時近くまで来てくれた友達と話しこみ、ショックを分かち合った。続きや色々な片付け、保険会社への連絡などは翌日にすることにしてその日はなんとかおしまい。

下の子供二人は疲れてソファで寝てしまった。2階の寝室は足の踏み場もないほど荒らされていて寝れるような状態ではないので、私と長女はリビングにエアマットを使って、なんとか2時過ぎに就寝。

翌日は、警察チームが10人近く朝8時過ぎから来てくれて、指紋を探したり、色々なことが行われた。他の友達も来てくれて、6、7人で家の片付け、掃除を丸1日かかってやった。保険会社に電話して、家の鍵も変わることになった。

子供たちは友達の所に行って、私たちはひたすら家で作業。当初は翌日のドイツ行きをキャンセルしようかと思ったけど、別にそれもバカらしい気がして、行くことに決定。

そして奇跡が起こった!神様本当にありがとう!なんと私の一番欲しかったもの、婚約指輪が見つかったのだ。アイロン台の下にあったのを見つけたのは私。まるで天使が上から落としたみたいに、急に出てきたみたいに見つかった婚約指輪。嬉し泣きした。でも、探しても探しても、祈っても、夫の結婚指輪は見つからない。

警察によると、同じ手口でやっている、17歳から24歳くらいの男のグループだろうとのこと。証拠がなく、現行犯でないことから、なかなか逮捕にいかないそうだけど、捕まって欲しい。

とりあえず、盗られたものは、
夫の結婚指輪
私の真珠のピアス
私のブレスレット
現金は、長女の貯金箱から150ポンドくらい、夫のお財布から70ポンド、引き出しから日本円5万円、30ポンド、そして、今回はたまたま沢山あったユーロが800ユーロ!

現金は証明するのが難しいらしく、保険会社によって違うらしいけど、結局250ポンドしか戻ってこなかった。

夫の結婚指輪には、私の名前と結婚の日にちが刻まれている。警察は、地元の新聞にも記事を出すことを提案。名前や写真は無しでお願いしたけど、未亡人が夫の指輪を盗まれたので、どこかの店で目にしたら警察に知らせるように、という記事だ。他にも色々なツテを利用して探す事を約束してくれたが、結局出てこなかった。

そして、全てのドアの鍵が替わったのはその日の19時半過ぎだった。なんとか翌日はドイツへのホリデーに行けそうだ。

今回の旅行中は警察がパトロールを強化すると約束してくれたし、盗られてほしくないプライベートなもの、車の鍵も親友のおうちに預け、隣の家族には家の鍵を渡して、毎日カーテンの開閉や電気をつけたり消したりすることをお願いした。

それにしても、本当に参った。凹んだ。まだ夫が亡くなって2ヶ月ちょっと。家中に、お悔やみのカードが飾られていて、この家で誰かがなくなったばかりのことは、わかるはず。それなのに、こんなひどいことをする人がいる。悲しすぎる。私は一番大事な夫の形見になるはずだった結婚指輪を失ってしまったのだ。

泥棒にやられた 前編

夫が亡くなって3ヶ月になろうとする頃、イギリスの学校でハーフタームと呼ばれる、学期の半ばのお休みの時期がやってきた。気分転換にもなるし、私も安定期だったし、飛行機に乗ってみんなでドイツの義理の両親の家に行くことにした。夫がいないのに、ドイツ語もできないのに、身重で子供達3人を連れてドイツまで行くのは無謀な気もしたが、空港も遠くないし、飛行機も1時間程度だし、夫が亡くなってからというもの、義理の家族との距離が縮まったのを実感していたから、子供達にとってもいい休みになるだろうと思った。

出発は月曜日だ。その直前の金曜日に、長女の小学校で劇の発表会があった。長女も役がちゃんとある。下の子供たち2人と歩いて小学校に行って、劇を楽しんで、長女も一緒にみんなで歩いて家に戻った。その頃には、もう日が落ちていた。

イギリスの家は古い家が多い。我が家も然り。緑色の古い玄関のドアを開けると、入ってすぐのゲストルームが散らかりまくっているのが目に入った。一瞬だけ、え?地震?と頭をよぎったが、ここはイギリス。地震はないはず。そして、リビングに入ってびっくり。荒らされまくっている。ソファもクッションも床に落ち、ありとあらゆる引き出しは開けっ放し、急いでキッチンに向かうと、キッチンのドアが壊されて半開きに。

間違いなく泥棒が入ったのだ。

5歳の末っ子は金切り声で泣き出し、10歳と7歳の子供たちも怒り泣き出した。

私はすぐに、自分の寝室に向かった。家の中で一番価値があるもの、私にとって一番大切なもの、夫が私にくれた婚約指輪と、夫の結婚指輪を探しに行った。

が。なかった。この時点で私は床に座り込み泣き出してしまった。そして、警察に電話。2ヶ月半前に夫が急死したこと、小さい子供たちが3人いて、私は妊婦であること、一番大切な婚約指輪と夫の残した夫の遺品でもある結婚指輪がなくなっていることを伝えた。

警察は5分以内で来てくれた。友達夫婦にも電話。二組の夫婦が来てくれた。

続きはまた明日書きたいと思う。