引きこもり生活7日目(金曜)

もう1週間も人に会ってない。ちょっとイライラしてきた。友達に会いたい。今日はドイツ人ママ友の50歳のお誕生日だった。ドイツに来て以来、ずっと仲良くしてくれて、毎年パーティーに招待してくれるのに、今年はもちろんお預け。

朝、義母から電話があり、ご近所でだれか亡くなったという。コロナとは無関係だが、この時期ということもあり、お葬式もほとんど誰も参列しないだろう、とのこと。義母によると、結婚式も今はゲストは6人まで、と制限されているという。そんなんだったら、一旦キャンセルして延期する人ばかりじゃないだろうか。本当にとんでもない事態になっている。

食べ盛りの子供がいっぱいいるので、また買い出しに行って来た。スーパーではおしゃべりする人も1.5メートル程度の距離をあけ、レジの前では等間隔に床に貼られたテープで距離をあけて並ぶように誘導されていた。物は全て普通に揃っていて、それだけでも心が少しだけ落ち着く。いつでも買いにこればいいんだ、と思う。でも、何度も外出するのは避けたほうがいいだろうし、やっぱり向こう3日分くらい買いだした。大好きなビールも一箱仕入れた。

肌寒くて、庭に出ようという気持ちになれず、午前中から本棚を整理した。ドイツに引っ越して以来、なんとなくいろんなごちゃごちゃを入れっぱなしになっていた本棚。クラフト道具や学校の教材など、いっぱい入っていた。ほとんどが紙のゴミだったけど、1時間ちょっとで片付けが終わって、本当にスッキリした。

野菜スープとパンでお昼ご飯、夜はジャーマンポテトとスクランブルエッグとサラダにした。あんまり料理したくない気分だった。

娘たちが3人、末っ子まで一緒になって、このところ毎日のようにクッキーを焼いたり、スムージーを作ったり、何やらキッチンで色々やっている。いいのだけど、使い方が激しく、今日はバナナをスライスしたものに、チョコソースをかけたい、と言っていたなと思ったら、大きな板チョコ1枚分もとかしていて、それを3本分のバナナに全部かけてしまって、呆れて、つい叱ってしまった。私は、ケチケチしたくはないと思いつつも、気をつけて買い物しているのに、後先考えず材料を使い切ってしまう子供達。見ていなかった私が悪いのだろうけど。

時間はいっぱいあるのに、大人に会えない、というだけでイライラする。

子供達が眠った後「天使のくれた時間」を一人で見た。DVDを持っていたのに、ずっと見たことがなかったのだ。ラブストーリーで夫が恋しくなった。そして、人肌さみしくなった。

その後、ようやくニュースを見たら、バイエルン州が、とうとう「外出禁止令」を出したという。外に出れるのは、仕事、必要な買い物、医者や薬局に行くこと、助けが必要な人を手助けするための外出、そして恋人の訪問に限られるという。ジョギングや犬の散歩などの外でのアクティビティは、一人、もしくは同居の家族と一緒のみに限られるという厳しいルール。

一つの州がやったなら、他でも起きるだろう。また状況が厳しくなる。子供達ももう友達にもずっと会ってない。兄弟がいるだけいいのだろうが、子供達も寂しいだろうなと思う。

いつまで続くんだろう。この制限が終わっても、一気に全部が解除されるとは思えない。まずは学校からだろうか?とも思うけど、「もう夏休みまで学校はないかもしれないね」という保護者もいる。

本当に大変なことになっている。

見事に今年も体調を壊す

夫の誕生日と私たちの結婚記念日が続いた先週。今年も見事に体調を崩した。

毎年そうだ。熱が出たり、ひどい湿疹や口内炎が出たりする。今年は湿疹と不眠と、それによる頭痛に悩まされた。夫の誕生日は夫の家族と食事に出かけることはできたが、みんなで泣いたりすることはなかったが、身体は正直だな、と思う。

配偶者の死がもたらすストレスはレベル的に最高値になるらしい。当然だ。何しろ、自分と一心同体だった相手がいなくなるのだ。自分の半分を失う。生活のリズム、嗜好、趣味、考え方に至るまで影響を受け、与え合った相手がいなくなるのだ。配偶者の死によって、何から何まで、本当に全てが変わってしまう。

一周忌が終われば。三回忌が終われば。もう七回忌だし。他人はそう思うのだろう。でも、何年経っても、月日が経っても変わらない空虚さが私の胸にはある。ただそれに向き合うのが、そして隠すことが上手になるだけだ。

夫の誕生日の祝い方

ドイツ人の誕生日に対する向き合い方はすごい。日本人の想像を超えている。子供の誕生パーティーはイギリス同様大掛かりで、それは理解できるのだけど、大人も普通に誕生会をやるのだ。30とか40とかの節目はそれはそれは豪華に祝うし、それもまだ理解できるのだけど、37とか41とか53とかの普通の誕生日も家族だけじゃなく、親戚友達、近所の人まで招待してお祝いする。今や、この私も月に3、4回は大人の誕生日会に呼ばれるほどだ。子供の友達のママたちは、子供たちが学校に行っている間、午前中に朝食会を開いてお誕生会にすることが多い。年配の親戚や近所の人は午後コーヒーとケーキで、または、みんなでレストランに夕食に行ったり、自宅にケータリングを手配したりして、お祝いする。

そして、これはドイツ人の鉄則。お誕生日おめでとう!の一言もプレゼントも、そしてもちろんお誕生日会も、誕生日の日以前は絶対に絶対にしない。これは大きなタブーだ。万が一誕生日を迎えられなくなったらいけないから、だそうだ。なんとも生真面目で論理的なドイツ人らしい。

夫の誕生日がまた近づいてきた。

この日は夫の親戚一同で集まるのが定例になった。平日だけど、子供達も習い事を休んで、次の日の朝も学校で早いけど、みんなで夕食に出かける。その前に、子供たちとお墓にお花とキャンドルを持って行く。

ちょっと前のことだけど、末っ子の二人のお友達を車に乗せていたとき、子供達がこんな会話をした。

友達1「今日はパパの誕生日なの。パパが帰ってくるのが楽しみ」

友達2「〇〇(娘の名前)のパパは何歳なの?」

娘「◎歳だよ」

友達1&2「〇〇はパパに会ったことないんだよね?でも、歳ちゃんと分かってるんだね」

娘「わかってるよ。毎年みんなでご飯食べに行くし、ちゃんとお祝いするし」

友達1「お墓のところでハッピーバースデーの歌を歌えるね」

娘「うん。でもあんまり大きい声で歌ったらパパもびっくりしてオナラしてお墓が臭くなるかもね」

友達1&2&娘 大爆笑

まだまだオナラが下ネタで面白くて仕方ない末っ子。子供って面白いな、正直だな。おかしくて、私も笑ったけど、また胸がツンとした。

嫉妬

週末は特に最悪だ。どこに行っても家族連れやカップルが目につく。見ないようにしても、聞こえないふりをしても、気づいてしまう。カップルの何気ない目配せ、買い物袋をたくさん持つパパ、どこかの子どもが「パパ〜」と呼ぶ声。そして、ここは外国。至るところで軽いキスが交わされ、パーティーに呼ばれれば夫婦同伴。

まだドイツへの引っ越しを決めた事も子供たちの学校の色々も書いてないけれど、それはまた今後にしよう。

ドイツに来て1年後、親友のご主人の50歳のお誕生日パーティーに招待された。もちろん一人で行った。親友は優しく、周りの友だちも気をつかってくれたのだろう、私は一人でぼーっとなることはなく、常に誰かとおしゃべりできた。それでも、私は心の中で泣いていた。

夫は50になれなかった。私はもう夫の誕生日を祝えない。私は愛する人の横に立ってパーティーを楽しむことは出来ない。「奥さん」じゃあない。

その日私は新しい服を着ていた。夫の知らない服、靴、バッグ。夫の知らない物が増えるたび、さびしくなった。でも買い物をすることでのささやかな僅かな喜びは私に必要なものだった。

日本人友達が現地のご主人と軽くキスをするのを見てしまった。私はその後3週間は落ち込んだ。知ってる人のこういう場面は特に凹む。

嫉妬は深く心を疲れさせる。

死別して優しい人間になれると思っていたけど、私の心の奥はまだ醜いものが沢山ある。