死別者の集まりに行ってみた

夫が亡くなった病院でカウンセリングや様々な死別者の集まりがあることを聞いた。私の周囲の友人には、配偶者を亡くした人はいなかったので、勇気を出して一つの集まりに行ってみた。

教会のホール、日本でいうと公民館のようなところで、平日の午前に月2回ほど行われている死別者の会だった。ボランティアで運営されていて、参加するのにお金はかからない。

妊娠後期に入った私が、その部屋に入ってみると、私は明らかに異質な存在だった。イギリスの死別者の会。平日の午前。まず参加者は20人もいなかった。そして、アジア人は私のみ。そして、どうみても明らかに私が最年少。ほとんどの人は、私の祖父母の年代じゃないか?と思うほどだった。次に若い人でも60手前くらいの人だった。

一応自己紹介で、夫が亡くなった状況と、自分の近況を喋った。

みんな同情してくれたけど、優しかったけど、その日、その時間、私は得るものがなかった。知らない人の前で自分の状況を喋ることが疲れた。こういうグループは向いてないかもな、と思った。

それとは別に、カウンセリングのような形で、週に1回イギリス人の女性が病院から派遣されて、私とおしゃべりに来てくれることになった。これは、助けになった。1時間ほどお茶を飲みながら、我が家のリビングで毎週彼女に近況報告して、涙する時間は癒しになった。

ある時、彼女が、同じ町に、私と同年代で、同じく妊婦で、最近未亡人になった女性がいるといった。そして、私はその人に会いたいか?と聞かれた。深く考えずに、「はい」と答えたが、その後、その彼女のことを聞くことはなかった。きっと、その彼女の方が、私には会いたくなかったのだろう。

同じ若年未亡人といっても、それぞれ状況が全然違う。

重い病気で、死ぬのが悲しいけど予想されていた場合、交通事故や我が家のような突然死の場合、そして、経済的な状況の差や、義理の家族や子供達との関係、死別前の夫婦の関係などなどによって、死別後の感情にも、向き合い方にも差が出てくる。

そして、グリーフ、喪失感は、人それぞれなのだ。一人一人違った形で、向き合うとてもプライベートなものだ。

私は必死で、死別者のブログや本を読み漁った。そして、自分自身も日記のようなものをつけ始めた。

死別して、孤独感を感じることが増えた。子供といても、友達と居ても、孤独だ。夫に心の中で話しかけるが、返事はない。玄関やリビングのドアが開くたびに、夫が帰ってくるような錯覚や幻想を見た。

夢だったらいいのに。こんな悪夢を背負って生きていくのは苦しすぎる。死別者の集まりに行っても孤独感は変わらなかった。