恥ずかしい事だが頭のなかの8割くらいは。。。

彼氏が欲しい、パートナーが欲しいと考えている。

4人も子供がいて、日々忙しく、ドイツ語も苦労して勉強しているのに、本当に8割くらいはその事について妄想している。

幼稚園や子供の学校で会う大人を見ては、あぁ皆夫婦揃って仲いいんだなぁと勝手に想像し、スーパーに行って他のお客さんや店員さんを見ては、きっとみんなパートナーがいるんだろうなぁと羨む。偏見入ってるかもしれないけど、勝手なイメージで申し訳ないけど、どんな老いた人でも、とてつもなく太っている人でも、すごく感じの悪そうな人でも、あぁ、きっと皆私のように一人ではないはずだ、と羨ましくなり妬む。

それほど悪いことをした記憶はない。どちらかといえば、真面目に生きてきた。たまの喧嘩はあっても夫は私に大きな不満もなかったと信じている。それなのに、私はこんな試練、こんな状態を与えられてしまった。

レンタル彼氏やレンタル父親が日本にはあるらしい。こっちにもあるのかな。

でも、レンタルじゃ虚しくなるかもしれないな。

再婚の希望などない。夫と一緒のお墓に入りたい。なんなら今すぐにだって、入ってもいい。正直に言えば。

子供のために生きている。というか、子供たちはきっと私がいなくても、親戚たちが育ててくれると思うけど、子供たちに、再び親を失う悲しみを味わってほしくない、というその気持ちだけで生きている。

遊んでも虚しい。どこかつまらない。子供と幸せを感じる瞬間はあるけど満たされない。

私は昔から、根っからの恋愛至上主義なのだ。

どうしよう。いい歳して、母親なのに私はおかしいかもしれない。

初夏にも恋しくなる人肌

ドイツにもようやく遅い春がやってきた。陽射しの強い午後の数時間は、まるで初夏のような陽気だ。

庭で遊ぶ子供たちを見ながらコーヒーを淹れる。あぁだいぶ落ち着いたかなぁと思う。

今日の洋服。夫の知らないモノばかりだな。月日が経ってさびしい。私は老けていくのに、あなたはあの日のままだよね。私は20代の学生時代に夫に知り合い、20代前半で結婚した。12年の短い結婚生活。友達グループで1番先に結婚したけど、他の友達も、もう13年とか結婚してる人もいるよ。追い越されちゃった。

私は止まったまま。女性として一番可愛い時期を夫と過ごせて良かったけど、今じゃアラフォーで、4人のシングルマザー。

冬も寂しいけど、初夏のキラキラした日もさびしいな。いつも人肌恋しい。欲求不満だな。

義父母に嫉妬 両親に嫉妬

義父母の車に乗った。義父が運転し、助手席には義母。私は下の二人の子供に挟まれて後部座席の真ん中だ。

義父は片手でハンドルを操作し、空いた手を義母の太ももにおいて運転する。いやらしくはない、ごく当たり前のように置かれたその手。

義父母にまで嫉妬するなんて私はおかしいのだろうか?

実家の両親とメールやラインでやりとりする。「今日はお父さんと食事に行くの」という当たり前の普通の母からのメッセージ。

これにも嫉妬する。

私の太ももに手を置いてくれた最愛の夫はいない。私は夫と食事に行けない。いつも子供に挟まれて、私は「ママ」であるだけだ。

夫が恋しい。毎日起こったことを聞いてほしい。一緒にご飯が食べたい。手を繋いで眠りたい。私はずっと自分のベッド、夫と毎晩眠ったこのベッドで眠ることができない。下の二人の子供のベッドに交互に潜り込んで眠っている。

義両親や両親にまで嫉妬するなんて、私はおかしいのだろうか?誰にも言えずに、ここに書き込む。街行く人を見れば、「あぁあの人にも家に帰れば待っているパートナーがいるんだろうな」と想像して落ち込む。

夫が恋しい。夫は帰ってこない。じゃあ新しい他の人を私は求めているのだろうか?それすら分からない。

性欲

不謹慎と思われるかもしれないが、死別して突如配偶者を失って体験する辛さのひとつに、性欲がある。

こんなこと皆言わないのかもしれないが、死別して読み漁った未亡人のたくさんの本の中の一冊、アメリカ人女性の書いた一言に、わたしは共感した。

「これまで夫に愛された身体、性のよろこびを知ってしまった自分の身体をもてあます」といったような表現だったと思う。

私たち夫婦は自分たちのセックスに満足していた。

急に一人にされて寂しすぎる。抱きしめられたい。快感を得たい。

男性だったらこういう時風俗に行くのかな。女性だけ取り残されるのはなぜだろう。

こんな悶々とした思いは、カウンセラーにも言えない。欲求不満のつらさ。夫が恋しい。私は可哀想だ。