引きこもり生活17日目(月曜)

昨夜(日曜の夜)は全く寝付けずにいたら、夜中の3時ごろに、志村けんさん死亡のニュースを知った。あまりにもショックすぎて、ボロボロ泣けてきた。こんなに泣いたのは久しぶりだ。信じられない。あっけなさすぎる。コロナと分かってからほんの1週間しか 経ってないじゃないか。

そのあとほとんど眠れず朝を迎え、どんと落ち込む。日本語で、このショックの気持ちをソーシャルネットワークに書き込み、みんなとショックを分かち合った。

10時ごろ、ふと電話が。教会のインドネシア人の友達だ。彼女は、本当にバイタリティあふれ、愛がいっぱいのクリスチャンだ。「元気?」と明るい声で私に尋ねる彼女、条件反射的に「うん、元気」と言ったものの、彼女には正直に言えるな、と思い、すぐに「いや、実は元気じゃない」と答えた私。

「うん、そうじゃないかなーと思ってた。今日夕方もう一回電話してもいい?一緒にお祈りしよう」と彼女が言う。彼女の祈りは温かく強く、信仰の深い彼女から学ぶことはいつもとても多い。きっと、私の日本語の投稿を翻訳して、私がコロナで落ち込みすぎていることを気にかけてくれたのだろう。こんな優しい友達に感謝の気持ちで、少し心が落ち着いた。

お昼ご飯はピザシートを使った簡単ピザ。

午後は、次女の算数を長女と長男と一緒にヘルプ。どうも算数が苦手な次女。いつも助けが必要で、どれだけ説明しても、練習しても、なかなか身につかない。見ていていつもイライラしてしまうのだが、仕方ない。向き不向きがあるのだろう、と思うしかない。

お茶の時間に、昨日の残りのケーキと、塩気の強いドイツのポッキーのようなお菓子を食べた。そのポッキーを使って、私が算数の問題を次女に出す。拒否反応が出て怒るかな、と思ったけど、いやいや、面白がって身を乗り出して考えてる。とりあえず、今日教えたことは分かったようだ。ポッキーを使った算数が意外に盛り上がり、結構な時間、みんなでテーブルを囲んだ。こういう時間は、本当に貴重で、ささやかな幸せを感じる。

夜ご飯は、そぼろご飯とお味噌汁。我が家の定番だ。

インドネシア人の友人から電話があったのは、結局夕食後。彼女も、もちろん、私の不安な気持ちはよく分かるという。私がネガティブな情報ばかり探すように追ってしまって落ち込んでいくのも想像ができるという。彼女もそういう時期があったからだという。彼女は、そんな事態を変えたくて、1時間ネットでコロナのニュースを見たら、その2倍、2時間、聖書を読んでイエス様と対話して祈る時間を設けることにしたという。フルタイムで仕事をしていて、夜寝る前に読む聖書の時間が2時間もかかったら、寝不足でやっていけない!ということで、必然的にコロナのニュースを追いかける時間を自分で短くしたのだという。賢い。そして、ちゃんと真面目にできるところがすごい。外国に住んでいる私たち、いま、母国の家族に何かがあっても、すぐには飛んでいけない。なんの助けにもならない。だからこそ、彼女は毎日数回実家に電話して、今できることをやっているのだという。私たちは、まだ外出もできるし、買い物だって行ける。毎日の生活の心配をすることもなく、子供達も家族も健康だ。まずはそのことに感謝しよう、ということになった。色々小1時間話して、私の気持ちも楽になった。そして、電話越しに一緒に祈った。彼女の祈りは温かい。彼女は自分が新生児だった時に父親を病気で亡くしている。上にはお姉さんが二人。未亡人として3人の娘たちを育ててきたお母様を見てきたから、知り合った時から、私に温かい。そして、私の子供達にあたたかい。こういう友達がいて、よかったな、と心から思う。

半ロックダウン状態になって、17日目。2週間を超えた、この時期が最初の辛いところだという。頑張ろう。できるだけ文句を言わずに、ポジティブな気持ちでがんばろう。

そして、志村けんさん、たくさん笑わせていただきありがとうございました。安らかにお眠りください。

全裸監督を見た

話題の全裸監督を見終わった。

子供達が寝た後、一日2話見て、4日連続で8話全て見終わった。

子供の頃見ていた黒木香さん。どこまで本当か分からないけど、あぁいう風にあの「黒木香」が誕生したのかと思うと、とても奥深く興味ふかい。そして、私が子供時代にわずかにかすかに感じていたバブルの雰囲気、80年代の熱い日本、東京、そして、普通の人が知ることのない、ちょっと危ない、いや、かなりヤバイ裏の世界が、真実か虚構か分からないけど、描かれていてゾクゾクした。俳優陣がすごい。Netflixで、世界中でかなりヒットしていくんだろうなと思う。

アダルトビデオで革命的な、そして犯罪になるようなことをやってのけた村西とおる氏の話なので、もちろん、セックスシーンがかなり多く出てくる。

その中で一つ未亡人のセックスが描かれている。これ、他の番組で村西とおる氏が話していたが、実話らしい。彼がホストをしていた時代に、40代半ばのお客さんの家に行き、エッチをした時に、彼女が彼に体位の要求、そして、夫の形見の国鉄の帽子をかぶるように頼んだらしい。それは、未亡人の彼女が、夫の生前やっていた夫婦のセックスの形の一つだったという。

私は夫と死別した時に、色々と情報が欲しくて、「死別」や「シングルマザー」や「未亡人」でネット検索を毎日のようにしていた。で、気づいたのが「未亡人」と検索すると、絶対にエッチなサイトばかりが最初に出てくるということ。

未亡人は寂しいし、私も以前に自分の性欲について書いたこともあるけど、ちょっと誤解があるな、こんな単純なものじゃないな、と思っていた。でも、村西とおるの話し方には、どこか温かみがあり、真実味があり、その未亡人の気持ちを想像できるような気持ちもした。

欲求不満な私には刺激が強いドラマだったけど 笑 見てよかった。俳優さんってすごいなー。

コービー選手亡くなる

息子がバスケをしているので、昨夜遅くに知ったニュースはとても驚いた。まだ41歳。しかも13歳の娘さんも一緒に。

本当に人の命は儚い。

私の夫が急死した時、夫は43歳だった。私は当時妊娠中で、いま、結局娘3人と息子1人を一人で育てている。コービー選手の奥さんは、最愛の旦那さまと娘さんを亡くして、ほかの娘さん3人と暗闇を歩いていくのだ。亡くなったコービー選手、娘さんの無念さと悔しさはもちろん、残されたご家族のことを想像し、苦しくなる。

人の命は儚い。

いま、反抗期の子供たちの相手をしている。衝突したくないから、なるべく会話したくないと思うこともある。でも、家を出る時、行ってきます、行ってらっしゃいの挨拶の後には、みんな「ラブユー」とつける。

どんなに喧嘩してても、まるで気持ちが込もってないように聞こえたとしても、我が家の子供達と私は「ラブユー」と言うのだ。

夫が亡くなった日、私はつわりで寝込んでいて、バイバイは言ったけど、ちゃんと「愛してる」と見送れなかったからだ。

そのことを、子供達は知ってるか知ってないか、確認したことはないけれど、みんな「ラブユー」を頻繁に言う。

人の命は儚い。だから、家族が喧嘩しても、反抗期でも、機嫌が悪くても、結局根底では「愛してる」んだよ、と伝えたい。

告白された!

投稿が滞っていたのは、夏休み前の子供たちのイベントが多くて忙しかったこともあるが、どうもこのことについて書くかどうか迷っていたからだ。

実は、前に数回書いた、夫の小学校時代からの同級生の独身の男性に告白されてしまった。結婚時代からドイツに行くたびに夫と会っていて、夫の死後、ドイツに越して来てからは、何かとお世話になっていた。毎週末短い電話をしてくれて、私たちに必要なものがあるかどうか、大丈夫か確認してくれた。2、3ヶ月に一回はもう一人の既婚の同級生と私の3人で食事に行ったり、飲みに行ったりしていた。

私に好意があるのではないか?とはなんとなく思っていたけど、本当に告白されたら驚いてしまって困惑してしまった。

素直に喜べなかったのは、私は可愛くない女性だろうか?

彼は、根はいい人だけど、かなりひねくれていて、友人としてはいいけれど、男性として魅力的に思ったことはないのだ。

でも、私のようなアラフォー、未亡人、外国人、4人の子持ちを好きになってくれる人なんて、かなり稀有な存在だし、私はそもそも贅沢を言えたり、自分の気持ちを優先できる立場なのだろうか?

正直、子供たちに父親のような存在を求めてはいない。子供たちの父親は夫だし、もうシングルマザーとして毎日の生活もまわっている。

私は自分の好きな人が欲しいのだ。そしてその人にも私を好きになって欲しいのだ。恋愛がしたいのだ。

なんて貪欲なんだろう。 そして、なんて、現実見れてないんだろう。私。

とりあえず、その彼はお断りしました。これからも友人関係でいれるといいけれど。

友人の旦那様が急死された

悪い知らせが入った。この数年は会えてなかったけど、親しくしていた友人の旦那さまが亡くなったというのだ。

まだ40代。子供も欲しかったのに恵まれないと悩んでいた。でも、夫婦とても仲が良かった。同級生夫婦。

知らせがメールで入った瞬間、私は死別したあの当時、あの最初の数日の感情が呼び起こされ、自分でも驚くほど号泣した。とにかく、友人がかわいそうだと思った。私と同じような、あんなショック、そしてこんなにハードで険しく寂しい感情を彼女も味わうのかと思ったら、とにかくかわいそうでかわいそうで、涙が止まらない。

どうして、こんな不公平なことが起こるのだろう?人生はあまりにもアンフェアで、ハードだ。

たまたま長女だけ家にいて、号泣する私を慰めてくれた。私は「○○さんがかわいそう、かわいそう」と何度も繰り返し、昨日は何も手につかなかった。心も身体もすっかり疲れてしまった。

昨日、今日と、この件で色々な友達と話をしたのだが、感情にみんな少しずつ温度差があるのを感じた。当然なことなんだろうけど。やっぱり私が一番動揺したらしい。そして、大切な旦那さまを亡くしたばかりの友人も、私と話したかった、と言ってくれた。

私は、最近は、嫉妬と妄想と妬みで、黒い感情ばかりで生きているような気がしていたが、やはり死別を通して、死別体験者にしか分からない痛みを想像できる優しさも少しは身につけたのかもしれない、と少しだけ思った。

友人が痛みを吐き出せる相手になれればいい。人生は苦しい。

恥ずかしい事だが頭のなかの8割くらいは。。。

彼氏が欲しい、パートナーが欲しいと考えている。

4人も子供がいて、日々忙しく、ドイツ語も苦労して勉強しているのに、本当に8割くらいはその事について妄想している。

幼稚園や子供の学校で会う大人を見ては、あぁ皆夫婦揃って仲いいんだなぁと勝手に想像し、スーパーに行って他のお客さんや店員さんを見ては、きっとみんなパートナーがいるんだろうなぁと羨む。偏見入ってるかもしれないけど、勝手なイメージで申し訳ないけど、どんな老いた人でも、とてつもなく太っている人でも、すごく感じの悪そうな人でも、あぁ、きっと皆私のように一人ではないはずだ、と羨ましくなり妬む。

それほど悪いことをした記憶はない。どちらかといえば、真面目に生きてきた。たまの喧嘩はあっても夫は私に大きな不満もなかったと信じている。それなのに、私はこんな試練、こんな状態を与えられてしまった。

レンタル彼氏やレンタル父親が日本にはあるらしい。こっちにもあるのかな。

でも、レンタルじゃ虚しくなるかもしれないな。

再婚の希望などない。夫と一緒のお墓に入りたい。なんなら今すぐにだって、入ってもいい。正直に言えば。

子供のために生きている。というか、子供たちはきっと私がいなくても、親戚たちが育ててくれると思うけど、子供たちに、再び親を失う悲しみを味わってほしくない、というその気持ちだけで生きている。

遊んでも虚しい。どこかつまらない。子供と幸せを感じる瞬間はあるけど満たされない。

私は昔から、根っからの恋愛至上主義なのだ。

どうしよう。いい歳して、母親なのに私はおかしいかもしれない。

夫の同級生

夫の故郷に引っ越したので、夫の家族と友達にいっぱいお世話になっている。なかでも、2人の夫の同級生はとても親切だ。夫の生前中も、ドイツに帰省したら一緒に会っていたし、出張などでイギリスに来た時に会うこともあった。

2人とも小学生の頃からの親友で英語もできる。引っ越しのときには家電量販店に一緒に行ってもらって選ぶのを手伝ってもらったり、電話回線や携帯のこともお世話になった。

1人は家族持ちでもう1人は独身だ。3人でご飯に行ったり、うちにお茶に来て子ども達と遊んでもらったりしているが、最近思うのだが、どうやら独身の彼は私に好意を持っているかもしれない。この前の私の誕生日にコンサートのチケットを2枚くれた。一緒に行こうってことかな?

彼はいい人だけど、わたしは異性としてみたことはない。

別に告白されたわけでもないけど、毎週電話をくれて気遣ってくれて、月に数回は(みんなで)会っている。

どうなんだろう?

ずっとひとりは嫌だなと思うけど、この彼じゃないと思う。でも私に選ぶ権利なんてあるのかな?

独り言です。。。

イギリスからドイツへ引っ越し 家編

10年以上住んだ愛着あるイギリスを離れて、夫が恋しい故に、夫の故郷の街で2年は頑張ってみようと思った。

引っ越しのタイミングは長女のイギリスの小学校卒業のあとの夏休みだ。夫が急死して8ヶ月の時だ。

ありがたいことに、ほぼ新築の一軒家を見つけてくれた。イギリスの持ち家の家賃収入よりもこの家の家賃の方が少ない。でも広い!最初の家が快適じゃなければ、ドイツでの新生活がネガティブになるから、といい条件の家を一生懸命探してくれた夫の家族に感謝だ。

ドイツの家探しは夫の家族に丸投げして任せた。先週「引っ越し 学校編」で述べたが、せっかく受け入れてくれた長女の学校に通いやすいところであればよかった。

が!キッチンがない!!

信じられないが、ドイツの家は賃貸でもキッチンがないことが普通だというのだ。

賃貸の場合、画鋲一つなかなか打てないイギリスの家と違って、ドイツでは、賃貸でも壁を塗っても、ドリルで穴を開けてもいいのだという。契約終了して、家を出るときに、元の色に戻して、壁の穴も塞げばいいのだという。庭もやりたい放題だ。

そういう考えなので、「なんで自分の好きじゃないキッチンがある方がいいの?自分で選んだ方がいいに決まってるじゃん」という発想になるらしい。水道管とガスのみが入っているまっさらのキッチンの場所を見て、私は目眩がしそうになった。前の住居者からキッチンを譲り受けることも可能な場合もあるらしいが、キッチンを次の家に持って行く人も多いらしく、私はキッチンを一から設置しなくてはいけなかった。しばらく義父母の家にお世話になって、キッチンが入るのを待った。思いがけない出費だ。

他にも、電灯も裸電球だけだ。家を借りるというのは、本当に家という箱を借りるだけなのだ。

子供達はそれぞれ子供部屋を選び、ドイツの新しい家を喜んだ。イギリスでは築100年近い古い家に住んでいたので、ドイツの技術的に優れている機能的な新しくモダンな家は新鮮だ。でも、イギリスのなんとも雰囲気のある古い家には特別な心地よさがある。イギリスが大好きだった夫。

私は夫の故郷で、この新しいドイツの家で最低でも2年は頑張ろうと決めた。

絶対に言えない4人目への当初の思い

平成も終わる今日、絶対に言えないことを書いてみよう。

4人目の妊娠が分かった時私と夫はパニックと悲しさで泣いた。本当に泣いたのだ。欲しくなかった、4人目。3人の子供達で十分だった。

夫はすぐにパイプカットした。5人目なんて無理すぎる。

4人目を授かったことを受け入れ、検診も夫婦で行き、妊娠中期になって夫が急死した。

ぜーったいに口外できないことだけど、夫の死後、お腹の赤ちゃんが健康で、最愛のまだ40代になったばかりの夫が死んでしまったことを恨んだ。一瞬だけど、反対ならいいのに、という恐ろしい思いも浮かんだ。

この子の出産については数週間前に書いた。とても神秘的なお産だった。

4人目は生まれた時から夫にそっくりだ。大きくて強くてかしこい。この子のおかげで私たち残された家族の仲が強まっている。

4人それぞれ個性的で愛おしい。子どもたちを通して毎日夫を想う。

歯を抜いた。撃沈

もともと歯は弱かった。4回の妊娠と死別のストレスもあったのだろう。

ずっと抱えていた爆弾だった歯の痛みが凄く、かけこんだ歯科医にあっという間に抜歯されてしまった。ドイツに来て数ヶ月。評判も聞かずに、あまりの痛さに駆け込んだ近所の歯医者だ。ヤブだったかもしれない。

まだ30代なのに歯を失った。すごい落ち込みだ。10歳近く年上の夫も亡くなる数年前に同じ奥歯を抜歯した。夫も落ち込み、わたしは軽く笑った。歯が一本なくても大丈夫よ、と。

私は酷い妻だっただろうか。

夫を失って歯を失って想像する夫のきもち。

その後インプラントかブリッジで悩み、怖がりの私はブリッジを選んだ。色々聞きまくって、とてもいい歯医者に転院した。

反対側奥歯も爆弾らしい。いつか同じく抜歯だろう。

ストレスや疲れも良くないらしいが、わたしの生活、ストレスと疲れだらけじゃないか。