兄弟喧嘩

4人の子どもたちと向き合う毎日。それぞれ個性的でいいのだが、最近の私のストレスは、絶えない兄弟(姉妹)喧嘩だ。

ちょっかいを出しがちなのは、真ん中の二人。怖いくらいに叱りつけるのはしっかり者の一番上。4人の組み合わせが色々あって、喧嘩はしょっちゅうだ。ホントいい加減にしてほしい。

たまに子供達を義両親や親戚に預ける。お友達の家に子供だけでお泊まりもよくある。

誰でもいい。誰か一人いないだけで、家の中はぐっと穏やかに過ごしやすくなる 笑

なぜ? 笑

きっと私のアテンションを求めているのだと思う。私に構って欲しくて、怒られてでも注目されたいのだろう。愛情かけてるつもりだけど、足りてないのだろう。

兄弟喧嘩なんてきっと当たり前のことだろうけど、イライラする。怒らない日はくるのかな。

ドイツには子育てについて、こういう言い回しがあるらしい。「(子供が)小さい時は小さな悩み。大きくなれば大きな悩み」

我が家も反抗期がいる。これからも続くんだろうな。胃がキリキリするよ。

夏休みが終わった

なんでこんなに長い間、ブログを書いてなかったんだろう?今年の夏は、日本に帰らなかったし、時間はあったはずなのに。あったはずなのに、そこまでいっぱい出かけていたわけじゃないはずなのに、結果、適度に忙しく、充実した夏休みになった。

子供達は学校に戻っていった。新学年の始まりだ。ドイツでの生活にもすっかり慣れて、それぞれ頑張っている。わたしの毎日はそれほど変化がない。たまに在宅バイトして、ドイツ語を勉強して、友達と会って。

夫は今の私を見て、どう思うだろう?子供達がそれぞれ頑張ってるから、私のことも褒めてくれるかな?でも、私自身はどうなんだろう?イギリスに住んでいた時の方が、自分らしかったような。そして充実していた。

夫がいたから、わたしは自分らしかったのかな?夫がいたから、パートの仕事も子育ても女性としても、自分らしく生きていたのかな?

自分らしさを、この外国で作り上げる、というか、その作業がしんどい。わたしはここでは、死別したシングルマザー、子供達を異国で育て上げるために頑張っている、というだけの存在のような気がしてきた。

こういう、すぐに答えの出ない悩みをぐるぐる頭で繰り返して、疲労していく。

夏休みは、でも、楽しかったんだ。久しぶりの再会もあったし、遠出もできた。ドイツの学校は夏休みも宿題は一切ない。一回も教科書を開くこともなく、筆記用具に触ることもなく、子供達4人、それぞれ戻って行った。大丈夫なのかな?

みんな、そうだから、大丈夫なんだろうな 笑

ドイツの小学校生活 マイナスイメージでのスタート

イギリスで小学校を卒業した長女は、ドイツでギムナシウムという中高一貫の学校に入学した。ここに入れることになった過程は、4月25日のブログに書いた。

長男はドイツの小学校2年生になることになった。イギリスでも小学校に通っていたし、社交的な息子なので、それほど心配してなかった。まだ幼いし、スムーズにいくだろうと何となく根拠もなく思っていたのだ。私は本来楽観的なのだ。

が。この私の予想が甘かった。長男のドイツの小学校スタートはかなり厳しいものとなったのだ。まず、ドイツの朝は早い。9時スタートだったイギリスと違って、ドイツの学校は8時前後で始まる。息子の小学校は7時50分からだ!早すぎる。そしてドイツの秋、冬の朝はまだ暗い。

まだ車もなく、下の子供達2人も連れて、ベビーカーを押しながら、息子と7時半には家を出て学校まで子供のスピードで歩く。

イギリスでは毎日学校に持っていくものは、薄っぺらい学校のバッグのみだった。教科書も筆記用具もない。クラスにあるものをその日その日使うだけだ。宿題もない。

ドイツの小学校は細かい。教科書も指定のファイルやノートもある。軽くてカラフルだけど日本のランドセルのような大きなリュックサック(トニスターと呼ばれる)を背負う。筆記用具入れもあるし、ちょっとしたお弁当(朝が早いので、10時ごろにちょっとしたサンドイッチや果物を食べる時間がある)も必要だ。

そしてびっくりしたことがもう一つ。ドイツの学校は始まりも早いけど、終わるのも早くて、12時過ぎには授業が終わってしまうのだ。お昼ご飯は家で食べる。そして、放課後は宿題をして、あとは家でゆっくり過ごしたり、それぞれ習い事に行ったりするのだ。

もちろん、今や働くママも多いので、放課後クラブというようなものに入る子供も多い。その場合は給食も出る。宿題もそこで見てもらえる。イギリスでは9時から15時半まで小学校に行っていたので、息子も、ドイツで放課後クラブに入れることにした。息子が友達を作り、ドイツ語を学び、馴染むのにもいいだろうと思ったからだ。

お迎えは16時。朝7時半には家を出て帰ってくるのは16時過ぎ。これが実は、息子には大変だったのだろう。朝の登校中に、ぐずったり、怒ったり、機嫌が悪くなることが増えた。私も、下の子供たち、末っ子はまだ生後半年にも満たないのに、朝早くからベビーカーに乗せて、雨の日も風の日も送り迎えをすることに疲れを覚える日も多かった。ドイツでは、子供の送り迎えは強制されていない。息子を一人で登校させることもできたのだが、イギリスでは11歳まで子供は一人では道を歩けない、ということにずっと慣れていたので、薄暗く寒い朝、息子を一人で行かせることは気持ち的に、できなかったのだ。

同じく送り迎えをしているママやパパたちも多く、学校の門のところでは、いろいろなママパパたちを見かけた。私は、何となく、誰かから話しかけてもらえて、できればママ友のような人もできるかもしれないと期待していた。

イギリスで、私がそうやって、話しかけられ、話しかけ、友達を作っていたように。

が。ドイツ人とイギリス人ではやっぱり気質が違った。

私に話しかけてくれる人はいなかった。クラスの保護者会があって、英語のできるママが親切にしてくれたが、そのクラス会の前まで、私が誰からも話しかけらない日が1ヶ月近く続いた。

息子の機嫌は悪いし、私にママ友もできそうにもない。朝早く起こされベビーカーに乗せられる末っ子は帰り道に大泣きする。

息子を小学校に入れ、3番目の子供を小学校そばの幼稚園に入れたあと、ベビーカーを押しながら、私は何度となく帰り道に涙を流した。

何で、ドイツに来てしまったんだろう。私はなんてバカなんだろう。何で夫は死んでしまって、私に、こんな思いをさせるんだろう。私の方が先に逝きたかった。こんなの不公平だ。

自分でドイツに来ることを選んだくせに、私は自分の人生を恨んだ。

何事も、最初は厳しい。数度に渡る引越しの経験で分かっていたので、泣く日があっても、その翌日には笑う日が来ると信じて、それでも2年は頑張ろうと思った。私の感情はころころ変わる。