イギリスからドイツへ引っ越し 学校編 

ドイツ人の夫が12月に急死した。その後、私は春に4人目の子供を出産した。色々迷っものの、夏に長女が7年間通ったイギリスの小学校を卒業するタイミングでドイツに引っ越すことに決めた。夏休みの時点で、子供達は11歳。7歳。5歳。そして0歳。今回は、引越しにあたっての大きな心配、子供達の学校についてまとめたいと思う。

子供たちのドイツ語はほぼゼロ状態。簡単な挨拶が出来る程度だった。一番心配したのは長女の学校だ。というのも、ドイツは10歳、11歳の時点の学力で、大きく分けて3種類のレベルの学校に振り分けられてしまい、大学に行けるか行けないかという大きな道がある程度決められてしまうからだ。ドイツ語が不足しているという理由だけで、長女の将来の選択の幅が狭まってしまうのはかわいそうすぎる。

その問題が実はあっさり解決した。

まだ4人目を出産前の、前に書いた泥棒事件があった頃に話は遡る。泥棒が入った翌々日に私たちは1週間の休暇をドイツの義両親のもとで過ごした。夫がいないのに、ドイツに行くなんて初めてのことだったが、夫がいなくなってから、義理の家族親戚との絆が深まったのも確かだった。義理の両親の英語はほぼ皆無に等しいので、英語のできる義理の兄弟が休みを取って滞在してくれた。私が引越しを考えていること、でも、長女の学校問題が気がかりであることを伝えると、あっさりと、「じゃあ電話して聞いてみよう」と、街の大きな高等学校に電話をしてくれた。10歳か11歳から8年間通う大学に行けるコースのギムナシウムという種類の学校だ。義理の兄弟が電話で簡単に我が家の事情を説明すると、「明日来ませんか?」とあっさり言われた。なんと偶然にも、この週に秋からの新学年の申し込みを受け付けているというのだ!

翌日、私は重たいお腹を抱えて、長女と義理の兄弟と一緒に街の学校まで出向いた。受付の人が、すぐに長女の名前を呼んでくれて、なんとも親切な応対をしてくれた。英語のできる校長先生と話す機会もあたえられた。

夫がわずか2ヶ月前に急死したこと、子供達3人、そしてお腹の子供を抱えて、義理の家族を頼って、ドイツに引越そうかと考えていること、他の子供はまだ小さいのでともかく、長女がドイツ語で苦労するのではないか?ドイツ語のせいで学力を低く見られて、将来の選択の幅が狭まるのではないか、というような不安を打ち明けた。

校長先生は、なんとも優しく、この学校は、海外からの短期滞在者の子供を多く受け入れて来て、外国語としてのドイツ語クラスを授業と並行して受けることができること、2年も経てば、子供達は必ずドイツ語を習得できることを、彼のこれまでの経験から語ってくれた。長女は優しい対応のこの校長先生と受付の人にすっかり安心したようだ。「この学校に通ってみたい」と言ったのだ!

大きな問題が解決した。ドイツ語ができなくても、高等教育を受けられる。もちろん、その後学力がついていかなければ、ドイツは落第や転校が普通だが、とにかく、長女には大きなチャンスが与えられたのだ。

他の子供たちの小学校と幼稚園は家が決まらなければ申し込めないというので、まずは、長女の学校から通える範囲で家を探すことになった。

今、実は子供達の春休み中で、どうも思うように時間がとれず、更新が滞っていたけど、次はドイツの引越し、家について、書いてみたいと思っている。

引越しを決める

話が少し前後して申し訳ないが、ドイツに引っ越すことを決めたことを書いておこうと思う。これまでの日記にも書いたが、10年以上暮らし、友達はいっぱいいるけれど、外国人として夫のいないイギリスに残るのか?はたまた、言葉はできないけど、夫の家族や友達のいるドイツに引っ越すべきか?で私の心は揺れていた。

この時点で、不思議なことに、私にも子供達にも日本に行くという選択はなかった。毎年春か夏には日本に帰省していて、私の母親も時々イギリスに来ていて、子供達の日本語は会話はオッケー、私の両親との関係も良好だった。ドイツの方はといえば、一年に一度数日帰省する程度で、子供達のドイツ語はほぼゼロ、私も全くできない状態で、ドイツの家族とは片言のドイツ語と英語でなんとか取り繕っている状態だった。それなのに、日本に行くという選択はなかった。いや、それだから、なかったのかもしれない。

日本の家族や友達と私と子供達の関係は変わらない。これからもずっと。でも、ドイツの家族はどうだろう。夫がいない今、日本やイギリスに住んだら、夫の家族との関係はますます希薄になるだろう。夫がいないからこそ、夫の家族の近くにいたいと思った。夫の影響や存在をずっと感じていたいと思った。そして、生まれてくる赤ちゃんのためにも、父親を全く知らないで生まれてくる子供のためにも、パパの存在をドイツの家族から感じてもらいたいと思った。

お墓の場所も決めなくてはいけない。イギリスにしたら、ドイツの夫の家族や友達はなかなか訪れることができないだろう。ドイツの故郷にするべきだろう。それなら、私たちもお墓の近くにいたいと思った。

イギリスに残るのか、ドイツか日本に引っ越すのかについて、一から考えてみた。

イギリスに残ると、私と子供達の日常生活の変化はそれほどない。友達もいるし、ネットワークもあるし、学校を変わる必要もない。このまま同じ家に住んで、会社からの遺族年金とシングルマザーの福祉で生活できる。日本にもドイツにも今まで同様帰省できるだろう。でも、ドイツの家族との関係が薄くなるだろう。

ドイツに引っ越すとなると、子供の学校の心配、言葉の問題、家探しなどなど不安面がたくさんある。だけど、夫の家族や友達がいる。ドイツはイギリスと同様、子供達の学校はすべて無料、イギリスと違って大学までドイツは無料だ。経済的にも、問題なく生活できるだろう。

日本に引っ越すと、子供達は漢字を学ばなければならない。もう10歳だった長女にはちょっと酷かなと思った。学費もかかるし、私も親の力を借りてフルで働くことになるだろう。そして、ドイツやイギリスに遊びに行くことは、きっと年に1回は無理だろう。何よりも、ハーフの子供たち4人をシングルマザーとして日本で育てていく勇気がなかった。夫の存在が全くなくなってしまうことが怖かった。

死別などの大きな経験をして、心の中が普通の状態ではない時に大きな決断をするべきではない、と色々な人に言われたし、本でも読んだ。少なくとも一年は環境を変えるべきではないと。

でも、私は、死別して辛いからこそ、もっと辛いこと、もっと大変なこと、もっとチャレンジなことを自分に課すかのように、ドイツへの引越しに心が動いていた。

そんな時に起こった、先日の日記にも書いた、泥棒事件。そして、その直後に遊びに行ったドイツでの体験。(長女の学校問題があっさり解決したのだ。それについては後日書く)

数ヶ月すれば、長女がイギリスの小学校を卒業する。そのタイミングでドイツに引っ越そうと決めた。とりあえず2年は住んでみよう。辛くても頑張ろう。そして、2年経ってダメだったら、イギリスに戻ろう。イギリスの持ち家は残しておこう。そういう逃げ道を作って、私と子供達はドイツ移住に向けて準備を始めた。夫が死別してわずか3ヶ月で心の中は決まった。

夫が天国で信じられないと笑っているような気がした。夫を驚かせてやろう。誇りに思ってもらおうと思った。