姪の結婚が決まる

夫の弟の娘の結婚が決まった。まだ大学生だけど、妊娠しているわけでもないけれど、丸5年付き合っている年上の彼にプロポーズされ、決めたらしい。

嬉しい。夫はこの姪っ子のゴッドファーザーだったから、とても可愛がっていた。嬉しい。嬉しいけど、なんか、自分が老けてしまった気持ちにもなる。

ステージが変わってしまった、といえばいいだろうか?私の世代が終わって、次の世代が華やかな人生のステージに入っていることを感じてしまった。

わがままなのかな、こんな気持ち。

私は30代で4人の子持ちシングルマザーになった。まだまだ独身だっていっぱいのこの年代に、すでに人生の1番の暗闇を経験してしまった。

どんどんどんどん自分がマイナーな部類に入ることを実感する。

あ。そういえば、友達の結婚も決まった。彼女は、私が死別したときと同じ歳。

キラキラ幸せいっぱいの彼女を見て、あぁ、私はこんなに若いときにドン底に突き落とされたんだなと思う。

やばい。嫉妬かな。いや、違うかな。焦りだと思う。

とりあえず春の結婚式に何を着ていくかなどなど、楽しいことを考えて、姪っ子と友達の幸せを一緒に喜ぼう。

恥ずかしい事だが頭のなかの8割くらいは。。。

彼氏が欲しい、パートナーが欲しいと考えている。

4人も子供がいて、日々忙しく、ドイツ語も苦労して勉強しているのに、本当に8割くらいはその事について妄想している。

幼稚園や子供の学校で会う大人を見ては、あぁ皆夫婦揃って仲いいんだなぁと勝手に想像し、スーパーに行って他のお客さんや店員さんを見ては、きっとみんなパートナーがいるんだろうなぁと羨む。偏見入ってるかもしれないけど、勝手なイメージで申し訳ないけど、どんな老いた人でも、とてつもなく太っている人でも、すごく感じの悪そうな人でも、あぁ、きっと皆私のように一人ではないはずだ、と羨ましくなり妬む。

それほど悪いことをした記憶はない。どちらかといえば、真面目に生きてきた。たまの喧嘩はあっても夫は私に大きな不満もなかったと信じている。それなのに、私はこんな試練、こんな状態を与えられてしまった。

レンタル彼氏やレンタル父親が日本にはあるらしい。こっちにもあるのかな。

でも、レンタルじゃ虚しくなるかもしれないな。

再婚の希望などない。夫と一緒のお墓に入りたい。なんなら今すぐにだって、入ってもいい。正直に言えば。

子供のために生きている。というか、子供たちはきっと私がいなくても、親戚たちが育ててくれると思うけど、子供たちに、再び親を失う悲しみを味わってほしくない、というその気持ちだけで生きている。

遊んでも虚しい。どこかつまらない。子供と幸せを感じる瞬間はあるけど満たされない。

私は昔から、根っからの恋愛至上主義なのだ。

どうしよう。いい歳して、母親なのに私はおかしいかもしれない。

長女と長男セラピーを受ける

怒りがちな私より穏やかなダディが好きだったように思える長女と長男。当時末っ子だった3番目は私にべったりのママっ子だったけど。

長女10歳、長男7歳の時に大好きなダディがいなくなった。長女は静かに泣くことはあっても大泣きしたことは、少なくとも私の前ではなかった。死別してちょっと月日が経っても、一人号泣する私に気づいて、私と一緒に泣くのは長男の方だった。

長女は引っ越しも新しい学校もドイツ語のレッスンもこなして、弟妹たちの面倒もみて、いわゆる良い子だ。

長男は大好きなイギリスの友達と離れ、ドイツの小学校生活に軽くカルチャーショックを受け、荒れた。小児科の先生や学校の担任の勧めもあって、10回程度のセラピーを受けることになった。様々な精神的トラブルを持つ子ども達専用のセラピストだ。

まず私が先にセラピストの診療所に行き状況を説明した。所長の先生は夫よりちょっと年上の穏やかな方だった。でも先生が言うには、「僕がセラピーを担当することもできるけど、一見その方がいいように思うかもしれないけど、パパと同年代の男性だと、息子さんは逆につらいと思う。だから若い女性セラピストが合うと思う」とのこと。プロの決定に任せることにして、息子の最初のセラピーのセッションはわたしも同席した。若いセラピストの女性は明るく息子に話しかける。ゲームをしたり絵を描いたり、お喋りして月に数回1時間ずつ通うのだ。私には言えない感情や、自分自身でも処理出来てなかったダディとの別れの辛さ、引っ越しへの不満など、ちょっとでも気持ちが整理されればいいと思った。セラピー自体は楽しい時間らしく、行きたくないと言ったことは一度もなくすべてのセッションが終了した。延長するかどうかは私と息子本人次第というので、また将来的にお世話になるかもしれないけど、一旦おわらせた。サッカークラブにも入り、ドイツ語も上達して本人もこちらに馴染んできたのがわかる。とりあえず様子みだ。

そして。ここにきて思いがけず、長女がセラピーを受けたいと自分で言い出した。学校の先生で大好きな先生がいて、いいセラピストを紹介されたというのだ。長男がお世話になった所とは違う場所の中年女性セラピストだ。まだ数回しか通ってないが、娘はすごくセラピーの時間を大切にしているのが分かる。私もそのセラピストと1対1で定期的に会うのだが、長女の性格や学校の友達、周囲の人間関係をすっかり把握していて、人見知りな長女がここまで色々喋っていたことにポジティブに驚いた。

そのセラピストとの2回目の私の面談中に、私は自分の醜い本音をこぼしてしまった。他のママ友に対する嫉妬だ。すっと涙を落とし、訴える私に「きっと貴方もセラピーが必要ですよ」と彼女は優しく言った。

だけど、わたしは行きたくない。またもう一回全てを知らない人に話すのは疲れるし、まだ末っ子にも手がかかり、自由な時間はない。子供たちがセラピストにお世話になっているのに、そして、だからこそ良さも分かるのだけど。

ここに吐き出すことや、他の方のブログや本を読むことが私には今は向いてるとおもう。

義父母に嫉妬 両親に嫉妬

義父母の車に乗った。義父が運転し、助手席には義母。私は下の二人の子供に挟まれて後部座席の真ん中だ。

義父は片手でハンドルを操作し、空いた手を義母の太ももにおいて運転する。いやらしくはない、ごく当たり前のように置かれたその手。

義父母にまで嫉妬するなんて私はおかしいのだろうか?

実家の両親とメールやラインでやりとりする。「今日はお父さんと食事に行くの」という当たり前の普通の母からのメッセージ。

これにも嫉妬する。

私の太ももに手を置いてくれた最愛の夫はいない。私は夫と食事に行けない。いつも子供に挟まれて、私は「ママ」であるだけだ。

夫が恋しい。毎日起こったことを聞いてほしい。一緒にご飯が食べたい。手を繋いで眠りたい。私はずっと自分のベッド、夫と毎晩眠ったこのベッドで眠ることができない。下の二人の子供のベッドに交互に潜り込んで眠っている。

義両親や両親にまで嫉妬するなんて、私はおかしいのだろうか?誰にも言えずに、ここに書き込む。街行く人を見れば、「あぁあの人にも家に帰れば待っているパートナーがいるんだろうな」と想像して落ち込む。

夫が恋しい。夫は帰ってこない。じゃあ新しい他の人を私は求めているのだろうか?それすら分からない。

嫉妬

週末は特に最悪だ。どこに行っても家族連れやカップルが目につく。見ないようにしても、聞こえないふりをしても、気づいてしまう。カップルの何気ない目配せ、買い物袋をたくさん持つパパ、どこかの子どもが「パパ〜」と呼ぶ声。そして、ここは外国。至るところで軽いキスが交わされ、パーティーに呼ばれれば夫婦同伴。

まだドイツへの引っ越しを決めた事も子供たちの学校の色々も書いてないけれど、それはまた今後にしよう。

ドイツに来て1年後、親友のご主人の50歳のお誕生日パーティーに招待された。もちろん一人で行った。親友は優しく、周りの友だちも気をつかってくれたのだろう、私は一人でぼーっとなることはなく、常に誰かとおしゃべりできた。それでも、私は心の中で泣いていた。

夫は50になれなかった。私はもう夫の誕生日を祝えない。私は愛する人の横に立ってパーティーを楽しむことは出来ない。「奥さん」じゃあない。

その日私は新しい服を着ていた。夫の知らない服、靴、バッグ。夫の知らない物が増えるたび、さびしくなった。でも買い物をすることでのささやかな僅かな喜びは私に必要なものだった。

日本人友達が現地のご主人と軽くキスをするのを見てしまった。私はその後3週間は落ち込んだ。知ってる人のこういう場面は特に凹む。

嫉妬は深く心を疲れさせる。

死別して優しい人間になれると思っていたけど、私の心の奥はまだ醜いものが沢山ある。

バレンタインデー

今日はバレンタインデー。まだ、このブログの中で家のことや、お葬式のこと、お墓のことも書いてないけど、バレンタインだから思うことを今日は書こうと思う。

死別してからというもの他人の幸せを見るのがとても辛い。私たちは時々喧嘩をしながらも仲良くやってきた。いい夫婦だったと思う。死別したら思い出が美化されるというけれど、それを差し置いても、それなりに幸せでいい家族だったと思う。

それが一瞬にして変わってしまった。バレンタインにはいつも花束とカードをくれた夫はもういない。わたしを一番愛してくれる人がもういない。(もちろん子供は私が好きだと思うけど、ここでは男女間の話として)

手を繋いで歩く老夫婦、ちょっとした目配りをしながら微笑む同年代の夫婦、買い物袋を旦那様が多く持ってくれる夫婦、外だけどこそっとキスする夫婦。至るところで目にはいる普通の幸せ。私から奪われた。

私にあるのはこのドン底の暗くどろどろした深い悲しみ。私を一番に愛してくれる人はもういない。それでも生きていかなければならない。

私はお墓にお花を飾ってキャンドルを灯す。こんな悲しいバレンタインがあるだろうか。