引きこもり生活36日目(土曜)

今日は久しぶりに感情のエスカレートが激しく、散々な状態を作ってしまった。

なぜか朝から子供達とウマが合わず、私のイライラが募る。そして、長女と衝突。長女はドイツに来てからというもの、ドイツ人の悪い部分が身について、とにかく素直に謝らない。少しでも自分に非がないと思ったら、論破してくるのだ。夫にもそんなところがあって、喧嘩の原因になることが多かった。そもそも、長女は夫にとてもよく似ている。いいところも似ているのだが、私は人間ができてないので、ついつい、褒めることよりも、悪い部分を指摘してしまう。長女があまりにも言い返してくるので、「素直に謝ってよ。そういう謝れないところ、パパにそっくり」と私も大人気なく言っていたのだが、最後に数回「〇〇(夫の名前)そっくり」と私が言ったら、なぜかそこに長女が反発。

「なんでパパって言わないの?最近時々名前で話すけど、パパは私たち子供にとってはパパなのよ。パパとママと私たち。ママがパパのことを名前で話すと、別の、家族に属してない人みたいに聞こえる。私にパパのことをいう時は、パパって言ってよ」と、やや理解不能なことを真剣に訴える。思春期は難しい。

ここで、私の感情が崩れ、ひとり外にドライブでも出て頭を冷やそうかと思ったけど、まだ化粧もしてないし、行くところもない。部屋にこもっていたら、涙が出て来た。

私にとっては夫はパパじゃない。ちゃんと名前で呼びたい。でも、名前を出して話す場や機会がどんどん減って来て、夫のことは子供と話すくらいになってきた。だから、パパって言ってたけど、本当は名前で呼びたい。こんな気持ち、あなたにはわからないでしょう、もちろん、わかる必要もないし、こんな経験あなたにして欲しくない。

面と向かって言えなくて、こんなことを娘にケータイでメッセージを送る。

娘は、そのことはすぐに納得、謝ってくれたけど、

「ママは最近いつもパパの悪いところを指摘してばかり。私の悪いところを言うときにいつもパパを持ち出す。そして、それを名前で言われたら、パパが冷たくされてる気持ちになる」

と言う。なるほど。言われてみればそうだ。私は、夫のいいところを日々いっぱい思い出すのに、なかなかみんなに言わないし、言ったとしても、ついつい冗談っぽく茶化す感じになってしまって、子供達に十分に伝わってなかったのかもしれない。そして実は、夫のいいところを日々口に出して言うことは、逆に私には辛い作業でもある。

こんな気持ちのアップダウンを長女とやり合っていたら、泣いたまま少し眠ってしまい、昼食が15時という事態に。

たまに私の感情が爆発すると、こういうこともあるので、誰も文句も言わないし、適当に食べていたようだが、私のお腹が空いたので、ちゃんと作ることに。

楽しみにしていた、これからが旬の白アスパラガスだ。今日が今年初めてなので、子供達も大喜び。付け合わせはポテトとハム。ソースは卵黄とクリームとレモンと塩で作った。泣いたらスッキリして、まだ明るいのに、白ワインまで飲みだす私。

なんだかんだ言いながら、またいつものカードゲームをしたり、散歩に出たりして、結局は穏やかな午後。

昨日作ったフムスが余っているから、それをパスタソースにしてパスタを作ってくれるという長女に甘えて、夕飯はフムスのペンネ。ドライトマトペーストとフムスがとても良くあって、今年食べた食事の中で一番ヒットだった!と伝えると、長女、めちゃくちゃ大喜び。

長女とは、特に関係が近いので、よくぶつかるが、私の一番の理解者でもある。ありがたい。

夜は、ハリーポッター2をみんなで鑑賞。

たまに泣くのは、悪くない。私の悲しみを見せることも悪くないと思っている。だけど、やっぱり親だから、もうちょっとしっかりしないとな。4人も産んだのに、一番わがままなのは私かもしれない。

ルークペリーの死

若い頃、大好きだったドラマが「ビバリーヒルズ高校白書」「ビバリーヒルズ青春白書」だ。このドラマを何度も見て英語を勉強した。高校生とは思えない、キラキラしたアメリカのリッチな学生たちのドラマ。なかでもひときわ色っぽかったのが、ディランだろう。

そのディランを演じた役者、ルークペリーが53歳の若さで急死した。

https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-47448666

私はソーシャルネットワークで、複数の「未亡人グループ」に入っている。その中の一つのグループで、一人のアメリカ人女性が「今日はもうネットを見たくない。ルークペリーが53歳の若さで亡くなったとみんな騒ぐけど、私の夫はそれよりも15歳も若く亡くなったの。53まで生きて欲しかった」とコメントした。

人の悲しさは比べられない。分かってはいるけれど、特に若くして配偶者を亡くしたら、襲いかかる悲しさと、理不尽さと、不公平さを感じて、心がとても敏感に、そして時として、みにくくなってしまう。

夫を亡くして以来、人の誕生日を祝うたびに心が痛くなる。夫の誕生日はもう来ないのに、こうやって、他の人は歳を重ね、お祝いできる。なんて世の中は不公平なんだろう。

こんな悲しいことが起こって、私は人の悲しさがわかる優しい人間になれるかもしれないと思ったこともあったけど、実際は、人を羨み、自分を可哀想に思うことの方が多い。傷つき、落ち込み、人を妬み、自分を憐れむ。そして、夫の無念さを思う。

ルークペリーにも子供が二人いたようだ。また、婚約者もいたという。(子供の母親とは別れている)残された家族の気持ちを思う。これから続く、長く暗いトンネル。いつか光が見えるのか?と思っても、なかなか見えない。

目の前の数時間、そして半日、そしてその日一日のことだけをなんとかこなしていくことしかできない。愛する人を失った後の喪失感は、相当なエネルギーを要する。私もまだまだその途中だ。そして、これはきっと一生続くのだろう。形を変えて、それさえも私の一部になって。

ルークペリーの人生と残してくれたたくさんの作品に感謝して、残されたご家族の気持ちを想いたい。