友人の旦那様が急死された

悪い知らせが入った。この数年は会えてなかったけど、親しくしていた友人の旦那さまが亡くなったというのだ。

まだ40代。子供も欲しかったのに恵まれないと悩んでいた。でも、夫婦とても仲が良かった。同級生夫婦。

知らせがメールで入った瞬間、私は死別したあの当時、あの最初の数日の感情が呼び起こされ、自分でも驚くほど号泣した。とにかく、友人がかわいそうだと思った。私と同じような、あんなショック、そしてこんなにハードで険しく寂しい感情を彼女も味わうのかと思ったら、とにかくかわいそうでかわいそうで、涙が止まらない。

どうして、こんな不公平なことが起こるのだろう?人生はあまりにもアンフェアで、ハードだ。

たまたま長女だけ家にいて、号泣する私を慰めてくれた。私は「○○さんがかわいそう、かわいそう」と何度も繰り返し、昨日は何も手につかなかった。心も身体もすっかり疲れてしまった。

昨日、今日と、この件で色々な友達と話をしたのだが、感情にみんな少しずつ温度差があるのを感じた。当然なことなんだろうけど。やっぱり私が一番動揺したらしい。そして、大切な旦那さまを亡くしたばかりの友人も、私と話したかった、と言ってくれた。

私は、最近は、嫉妬と妄想と妬みで、黒い感情ばかりで生きているような気がしていたが、やはり死別を通して、死別体験者にしか分からない痛みを想像できる優しさも少しは身につけたのかもしれない、と少しだけ思った。

友人が痛みを吐き出せる相手になれればいい。人生は苦しい。

シンママになってできるようになったこと

夫がなくなって数週間後、自転車のライトの電池が切れた。初めてひとりで交換した。めちゃくちゃ簡単だった。

こんな簡単な事なのに、何も考えず当然のように夫に頼んでいた。夫の優しさに甘えていた。

電球の取り替え、庭の芝刈り、バーベキュー。シングルになって、できるようになった事が増えていく。大きなテントを持っていくキャンプは、さすがにもう行かないだろうけど。

片親だから、ママが外国人だから、躾がなっていない、マナーがなってない、と思われるのがイヤで、子育てにもこれまで以上に力が入っていく。私がしっかりしなくては、と。

こうやって私はどんどん強くなっていく。外では笑顔を作り、話を適当に合わせ、子供の前では涙を見せないようにして。

一番泣ける場所はお風呂だ。シャワーを浴びながら思いきり号泣する。消えてしまいたい。もう私は終わってしまってもいいと日に何度も思う。でも、新生児の末っ子が産まれたばかり。私には4人を育てる責任がある。いや、私がいなくても、親戚一同みんなで面倒見てくれるんじゃないかな、と思う。でも、私まで失うことは子供たちにとってあまりにも残酷だ。こんな風にとことん落ちることを考える瞬間を何度もむかえながら懸命に生きる日々。

こんなに落ちているのに、出来るようになったことは増えていく。哀しい矛盾。