シングルマザーの経済事情

私は週にわずか数時間しか働いていなかった。夫が大黒柱だった。夫が急死して困ったのは、夫の名前の銀行口座が全て凍結してしまった事だ。死亡したら一時的に凍結してしまうことなど知らなかった。私と夫の銀行口座は二人の共同名義で、一つしかなかった。その口座が凍結してしまい、支払いも引き落としもできなくなったのだ。銀行にも夫の死亡証明書を持参して説明しに行った。一時的に家族からお金を借りた。

夫の会社の直属の上司が私を訪ねてくれた。お悔やみの言葉をくれ、涙を浮かべて、会社として力になることがあればやるから、というような励ましの言葉をくれた。数日後、人事部の方と一緒に再び来てくれて、会社の年金や保険金の話を説明してくれた。銀行からもアドバイスを受けることができた。とりあえず夫の会社からの保険金と月々の遺族年金で生活できそうだ。そして、イギリスは福祉が充実していた。シングルマザーになった途端に、数百ポンド(月に当時日本円で5万程度)の補助が出て、さらに、税金なども免除されることになった。このままイギリスに残れば、経済的には心配がないかもしれないと思った。イギリスは大学を除いて学費も医療費も無料だ。

夫の友達が、「こういうことを言うと不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、シングルマザーになったら社会福祉があるし、彼がなくなってしまったから、彼にかかっていたこれまでの食費や洋服も買わなくていいし、経済的にはそうそう心配することないよ」と私に言った。一家から大人が一人減ったのだ。静かな悲しみと寂しさと、でも、奇妙に納得する気持ちだった。私たちは5人家族から4人になったのだ。そして、お腹の子供が生まれてきたらアンバランスな5人家族にまたなるのだ。アンバランス。アンバランスだという思いが常にあった。両親が二人いて、子供がいる普通の家族だったのに、大人一人に子供がたくさんのアンバランス家族になってしまった。私一人にのしかかってくる責任の大きさがこわい。重すぎる。

当面の経済的な心配がなくなったと思った途端に、私は将来設計について考え始めた。このまま外国人としてイギリスに残ることは、私たちにとって最善のことなのだろうか?外国人の身で福祉にお世話になって、このまま住み続けることに対して、反感を持たれることはないのだろうか?そんな不安がうかんだ。友人たちは、「シングルマザーの福祉は受けることができる当然の権利。これまで十分に税金を払っていたのだから負い目を感じることはない。反感を持つ人は、どこにでも少数いるかもしれないが、気にすることはない」と口を揃えて言った。

夫はドイツ人。私は日本人。子供達3人はハーフ。そして、もうすぐ父親を知らずに生まれてくるお腹の子供。私たちはこれからどのように生きていくべきなのだろうか?そして、夫のお墓はどこに作るべきなのだろうか?夫の骨壺はずっと葬儀会社に保管されていた。

「悲しみのどん底にあるときには大きな決断をするべきではない。」「少なくとも一年間は大きな変化をするべきではない。」というアドバイスをいくつも受けた。それでも私は、悲しみから目を避けたいかのように、これからの私と子供達の生活、人生について頭を悩ますことが多くなった。

こんなにもストレスの多い日々なのに、お腹の赤ちゃんは順調に成長していた。出産準備も必要だ。まさかの4人目だったので、ベビーベッドから何からなにまで、また新たに調達しなければならない。

シングルマザーはこうやって日々なんとかこなしていくだけで、鍛え上げられてしまう。強くなくても、強くなってしまう。こんな自分がかわいそうだと思う余裕もなく、ただただ、目の前の数時間のこと、その日のこと、だけに集中してこなしていく日々だった。常に心の中に、お墓をどこにするべきか、私たちはどこに住むべきか、という悩みを抱えながら。