引きこもり生活31日目(月曜)

本当にだらけている。上の子は11時過ぎにしか起きてこない。半日パジャマで過ごしても違和感も感じない。もう31日目だ。社交を断って。

ドイツの私の住む州では、明日の会議で来週から学校再開になるのか決まるはずだ。ママ友との間では、受験生が高学年だけ再開するんじゃないか、とか、時間差で学年ごとに再開するのではないかとか、言っているけど、どうなるか分からない。夏まで学校が始まらなくても仕方ないなと、心の何処かで思っている。

昼ごはんはチャーハンだけ作って、あとは昨日のバーベキューの残り物を食べた。ポテトサラダやクスクスも残っていたし、お肉も余っていた。5人十分お腹いっぱいになった。

散歩かサイクリングに行きたいと思ったけど、子供達は皆、「今日はどこにも行きたくない。家でだらだらしたい」と言い張るので、結局私は一人読書をした。英語の本を2冊と日本語の本と1冊同時に読み進めている。

午後遅く、日本の母親に電話した。母は遅くまで起きているので、日本の夜遅い時間帯がちょうどいいのだ。父は早くに寝付くので、夜が母一人の大事な時間。いろいろな習い事がすべて休みになって、散歩くらいしか出かける用事がなく、つまらないと言う。でも、声が元気そうで安心した。

夫の生前は週に3、4回は母親に電話していた。母はどちらかと言うと聞き役なので、私が近況を話しまくって、それを聞いてもらうと言う感じだった。夫がなくなった後は、私の日常がつまらなく、私自身楽しくなく、話すこともないような気がして、母に電話かけることが億劫、というか、気持ちが乗らなくなっている。だから、この数年は月に2、3回しか電話していない。週に何度も、子供達の写真をラインで送ったり、短いメッセージをやりとりしたりはしているけど。

母は何も言わないけど、夫の死後、明らかに激減した私の電話の回数をどう思っているのだろうか?

今は、コロナ情報を交換したり、子供達が全員家にいるので、子供たちと会話させたりして、電話の頻度も少し増えたような気もする。

電話の後、末っ子がパーティーをするから自分の部屋に集合して、というので、みんなで集まった。末っ子の部屋は本当にものがいっぱいでごちゃごちゃしている。上の子供達がいらないものを全部彼女にあげて、それを全部キープしたがるのだから、当然だ。5人で彼女の部屋にいると、息苦しくなるほどなどだが、音楽をかけて踊りまくる末っ子に付き合い、皆それぞれ踊った。(スペースがないので、踊るふりをしただけだが)上の子達からの影響で、今流行っているポップ音楽をよく知っていて、空で歌える末っ子。英語の歌もドイツ語の歌も軽く歌いこなすのを見て、微笑ましく思いながら、ごちゃごちゃの部屋に小一時間。やっぱりこの部屋、もう一回大掃除しなきゃダメだ、先月やったばかりなのに、と心の中で思う。

夜ご飯は、ポテトとネギのスープにパン。やっぱり手抜きだ。

夜はだらだらみんなで「ナルニア」のDVDを見てカードゲームして就寝。

我が家は今日は割と平和だった。

引きこもり生活7日目(金曜)

もう1週間も人に会ってない。ちょっとイライラしてきた。友達に会いたい。今日はドイツ人ママ友の50歳のお誕生日だった。ドイツに来て以来、ずっと仲良くしてくれて、毎年パーティーに招待してくれるのに、今年はもちろんお預け。

朝、義母から電話があり、ご近所でだれか亡くなったという。コロナとは無関係だが、この時期ということもあり、お葬式もほとんど誰も参列しないだろう、とのこと。義母によると、結婚式も今はゲストは6人まで、と制限されているという。そんなんだったら、一旦キャンセルして延期する人ばかりじゃないだろうか。本当にとんでもない事態になっている。

食べ盛りの子供がいっぱいいるので、また買い出しに行って来た。スーパーではおしゃべりする人も1.5メートル程度の距離をあけ、レジの前では等間隔に床に貼られたテープで距離をあけて並ぶように誘導されていた。物は全て普通に揃っていて、それだけでも心が少しだけ落ち着く。いつでも買いにこればいいんだ、と思う。でも、何度も外出するのは避けたほうがいいだろうし、やっぱり向こう3日分くらい買いだした。大好きなビールも一箱仕入れた。

肌寒くて、庭に出ようという気持ちになれず、午前中から本棚を整理した。ドイツに引っ越して以来、なんとなくいろんなごちゃごちゃを入れっぱなしになっていた本棚。クラフト道具や学校の教材など、いっぱい入っていた。ほとんどが紙のゴミだったけど、1時間ちょっとで片付けが終わって、本当にスッキリした。

野菜スープとパンでお昼ご飯、夜はジャーマンポテトとスクランブルエッグとサラダにした。あんまり料理したくない気分だった。

娘たちが3人、末っ子まで一緒になって、このところ毎日のようにクッキーを焼いたり、スムージーを作ったり、何やらキッチンで色々やっている。いいのだけど、使い方が激しく、今日はバナナをスライスしたものに、チョコソースをかけたい、と言っていたなと思ったら、大きな板チョコ1枚分もとかしていて、それを3本分のバナナに全部かけてしまって、呆れて、つい叱ってしまった。私は、ケチケチしたくはないと思いつつも、気をつけて買い物しているのに、後先考えず材料を使い切ってしまう子供達。見ていなかった私が悪いのだろうけど。

時間はいっぱいあるのに、大人に会えない、というだけでイライラする。

子供達が眠った後「天使のくれた時間」を一人で見た。DVDを持っていたのに、ずっと見たことがなかったのだ。ラブストーリーで夫が恋しくなった。そして、人肌さみしくなった。

その後、ようやくニュースを見たら、バイエルン州が、とうとう「外出禁止令」を出したという。外に出れるのは、仕事、必要な買い物、医者や薬局に行くこと、助けが必要な人を手助けするための外出、そして恋人の訪問に限られるという。ジョギングや犬の散歩などの外でのアクティビティは、一人、もしくは同居の家族と一緒のみに限られるという厳しいルール。

一つの州がやったなら、他でも起きるだろう。また状況が厳しくなる。子供達ももう友達にもずっと会ってない。兄弟がいるだけいいのだろうが、子供達も寂しいだろうなと思う。

いつまで続くんだろう。この制限が終わっても、一気に全部が解除されるとは思えない。まずは学校からだろうか?とも思うけど、「もう夏休みまで学校はないかもしれないね」という保護者もいる。

本当に大変なことになっている。

レンタル彼氏探してた件

友達のご主人の大きなパーティーのために付き合ってくれる男性を探して、ネットでレンタル彼氏を検索した事について先日書いたが、そのことが解決した。義理の弟が付き合ってくれるという。近くないのに。週末なのに。彼女もいるのに。申し訳ない。でもありがたい。

とりあえず解決。ほっ

コロナウイルスで日本の公立の学校が休校になるとか。大変だ。働く親御さんたち、子供達を長時間残していくわけにもいかないし、急にこんなことになっても大変だろうと想像します。

ドイツは今現在24人の感染者がいるようです。とりあえず日常生活は普通に送って、パニックにならないようにというアドバイスが出されています。

今夜は平日だけど女友達3人で軽く集まります。新しくできたワインバーで集合です。日常生活が普通に送れていることに感謝して、手洗いは十分に。

日本のことを毎日ネットニュースで気にしています。皆さん気をつけて。

レンタル彼氏を検索

恥ずかしいことに、4人の子育てをしながらも、頭の中の8割9割は、彼氏が欲しいパートナーが欲しいと思っている子供時代から恋愛至上主義だったはずの私だが、街を歩けば、あぁこの人にも家に帰れば奥さんがいるんだ、旦那さんがいるんだと想像し、勝手に悲観的になる私だが、とうとうレンタル彼氏というものをネットで検索してしまった!正確に言えば、レンタルパートナーだろうか。

というのも、友達のご主人の大きなパーティーに招待されたのだ。3ヶ月後だ。誰かパートナーも連れてきていいですよ、という。というのも、こちらでは結婚式でもパーティーでも基本は夫婦参加。ティーンエイジャーでも彼氏や彼女と家族のイベントやパーティーに一緒に来るというのが基本。

これまでずっとそのようなパーティーは一人で参加してきて、私にも度胸がついてきたけど、今度のそのパーティーは、ちょっと一人じゃ心細いな、辛いな、と想像できた。

半端にいろいろな人を知っているので、内輪の友人は連れていけない。招待されてないことが分かると不都合だろうと思うからだ。

で、思いきって検索してみた。「レンタルパートナー」

驚くことにこちらにもあった。写真付きで、うちからの距離とともに理想の条件の相手を検索できる。思いきって頼もうかな。知らない男性。ただ3時間程度のパーティーの間、私の横にいてもらうだけの男性。

息子がもっと大きくなったら息子が横に付き添ってくれるのかな。

夫の昔の友達は皆既婚者だから頼みにくいし、独身の男性は、以前にも書いたが、私が彼の告白を断って以来、やっぱり気まずくて会えていないし、こんなこと頼めない。

義理の父じゃ年齢が高すぎるし、義理の弟かな。ちょっと遠いけど来てくれるだろうか。だいたい都合が合うのだろうか?彼女は了解してくれるだろうか?レンタル彼氏を検索してみた、と言ったら同情してくれるかな。

虚しいな。

夫が生きていたら、こんな発想しなくても良かったのに。

パーティーに欠席するというオプションもあるけれど、これまで数回他のパーティーをお断りしたけど、今の気持ちとしては、なんとか工面して行ってみたいな、という感じ。でも、ここは一人じゃいけない。メンツ的に厳しいだろうな、と容易に想像がつくから。

日本じゃレンタルパパもあると聞く。

子供達も時々やっぱり寂しいんだろうな。

今年もどうぞよろしくお願いします

12月一度も更新することなく、2019年が終わってしまいました。謎の湿疹に悩まされ、不眠と疲れで結構大変でした。今も治ってないのですが、少しマシになってきたかもしれません。

年末年始は、夫の誕生日や私たちの結婚記念日やクリスマス以上に辛いのです。ドイツでは大晦日はパーティーパーティーです。クリスマスは家族や親戚で集まって、日本のお正月のような和やかな特別感がありますが、大晦日は、友達と大騒ぎしてカウントダウンの瞬間は結構な量の花火でお祝いです。そして、シャンペンで乾杯。カップルはハグやキス。これまで何度も友達や親戚と年末年始をドイツで過ごして、この瞬間がとても辛いことを実感してきました。

また新しい一年と立ち向かうんだ。夫はいないのに。というのを究極に実感するのです。2番目、3番目に私にハグしにきてくれる親戚や友達。私は誰の1番でもないことをまた実感するこの瞬間。

これを味わいたくなくて、なんと今回は、子供達と田舎のホテルで3日間過ごしてきました!子供達も喜びそうなリゾート地を選んで、こじんまりしたホテルで部屋でくつろいでいたら、いつの間にかカウントダウンが終わっていた、という、とても穏やかな年明けでした。ホテルのレストランで朝食夕食がついている、というプランを選んだのですが、田舎のホテルなのに、すごくお料理が美味しくて、特に大晦日の特別メニューは素晴らしかったです。田舎らしく、老人の団体や、中年夫婦はいたけど、他に若い夫婦や家族連れがいなかったことも、落ち着けました。

2020年は穏やかでいい一年になりますように。

趣味のダンスについても、いろいろ書きたいことが溜まっています。今年はもう少し頻繁に書き綴っていけたらいいなと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

夫の誕生日の祝い方

ドイツ人の誕生日に対する向き合い方はすごい。日本人の想像を超えている。子供の誕生パーティーはイギリス同様大掛かりで、それは理解できるのだけど、大人も普通に誕生会をやるのだ。30とか40とかの節目はそれはそれは豪華に祝うし、それもまだ理解できるのだけど、37とか41とか53とかの普通の誕生日も家族だけじゃなく、親戚友達、近所の人まで招待してお祝いする。今や、この私も月に3、4回は大人の誕生日会に呼ばれるほどだ。子供の友達のママたちは、子供たちが学校に行っている間、午前中に朝食会を開いてお誕生会にすることが多い。年配の親戚や近所の人は午後コーヒーとケーキで、または、みんなでレストランに夕食に行ったり、自宅にケータリングを手配したりして、お祝いする。

そして、これはドイツ人の鉄則。お誕生日おめでとう!の一言もプレゼントも、そしてもちろんお誕生日会も、誕生日の日以前は絶対に絶対にしない。これは大きなタブーだ。万が一誕生日を迎えられなくなったらいけないから、だそうだ。なんとも生真面目で論理的なドイツ人らしい。

夫の誕生日がまた近づいてきた。

この日は夫の親戚一同で集まるのが定例になった。平日だけど、子供達も習い事を休んで、次の日の朝も学校で早いけど、みんなで夕食に出かける。その前に、子供たちとお墓にお花とキャンドルを持って行く。

ちょっと前のことだけど、末っ子の二人のお友達を車に乗せていたとき、子供達がこんな会話をした。

友達1「今日はパパの誕生日なの。パパが帰ってくるのが楽しみ」

友達2「〇〇(娘の名前)のパパは何歳なの?」

娘「◎歳だよ」

友達1&2「〇〇はパパに会ったことないんだよね?でも、歳ちゃんと分かってるんだね」

娘「わかってるよ。毎年みんなでご飯食べに行くし、ちゃんとお祝いするし」

友達1「お墓のところでハッピーバースデーの歌を歌えるね」

娘「うん。でもあんまり大きい声で歌ったらパパもびっくりしてオナラしてお墓が臭くなるかもね」

友達1&2&娘 大爆笑

まだまだオナラが下ネタで面白くて仕方ない末っ子。子供って面白いな、正直だな。おかしくて、私も笑ったけど、また胸がツンとした。

アイデンティティ喪失

大学卒業して、割とすぐに結婚して、すぐにイギリスに引っ越した。ヨーロッパは夫婦やパートナーでの行動が多い。

パーティーに行くのも、食事に呼ばれるのも、いつも私たちは夫婦一緒だった。〇〇&▽▽。私は夫の名前と一緒にこう呼ばれること、カードにこう書かれることにすっかり慣れきっていた。

夫の死後は、受けとるカードに私の名前しか載ってない。私は一人なのだ。

私は妻としてのアイデンティティを失った。守ってくれる夫はもういない。

急に更地に放り出されたような怖さ。ほぼ専業主婦に近かったからなおさらだ。そして、言葉もできないドイツに引っ越してきたのだから、仕事ができるはずもなく、私は母親としてのアイデンティティだけになってしまった。

どうやって生きて行くのか?子供達をどう育てるのか?いつもいつも心の中で夫に話しかけて、模索する日々。

嫉妬

週末は特に最悪だ。どこに行っても家族連れやカップルが目につく。見ないようにしても、聞こえないふりをしても、気づいてしまう。カップルの何気ない目配せ、買い物袋をたくさん持つパパ、どこかの子どもが「パパ〜」と呼ぶ声。そして、ここは外国。至るところで軽いキスが交わされ、パーティーに呼ばれれば夫婦同伴。

まだドイツへの引っ越しを決めた事も子供たちの学校の色々も書いてないけれど、それはまた今後にしよう。

ドイツに来て1年後、親友のご主人の50歳のお誕生日パーティーに招待された。もちろん一人で行った。親友は優しく、周りの友だちも気をつかってくれたのだろう、私は一人でぼーっとなることはなく、常に誰かとおしゃべりできた。それでも、私は心の中で泣いていた。

夫は50になれなかった。私はもう夫の誕生日を祝えない。私は愛する人の横に立ってパーティーを楽しむことは出来ない。「奥さん」じゃあない。

その日私は新しい服を着ていた。夫の知らない服、靴、バッグ。夫の知らない物が増えるたび、さびしくなった。でも買い物をすることでのささやかな僅かな喜びは私に必要なものだった。

日本人友達が現地のご主人と軽くキスをするのを見てしまった。私はその後3週間は落ち込んだ。知ってる人のこういう場面は特に凹む。

嫉妬は深く心を疲れさせる。

死別して優しい人間になれると思っていたけど、私の心の奥はまだ醜いものが沢山ある。