学校再開はまだ

4日の月曜から学校が再開すると言われていたが、詳しいことは未定だった。昨日になってメールが来て、小学校は最終学年のみ木曜から、長女と長男の中高一貫教育のギムナシウムも、まだ様子を見ることで決定したそうだ。

来週いっぱい、まだ我が家は全員ホームスクーリングだ。

3月16日から学校に行っていない。オンラインで課題をもらうだけ。オンライン授業ではない。各自がログインして課題をこなすだけだ。こんなんで大丈夫なんだろうか?長女は独学でも参考書を見ながらコツコツこなすタイプなのでどうにかなりそうだが、長男が心配になってきた。

もう5月。今日はメーデーで祝日だ。家族でサイクリングをしてバーベキューというのが、だいたい5月1日のドイツ人の祝日の過ごし方だが、今年は、毎日が休みのようなものだし、とにかく、今日はなぜかすごく寒い。異様に4月のお天気が素晴らしかったので、今日の肌寒さは久しぶりすぎて、驚く。とてもサイクリングを楽しめるお天気ではないし、バーベキューも無理な感じだ。

我が家は今日は手羽先の唐揚げにしよう。日本のお友達に教えてもらったレシピだ。片栗粉をまぶした手羽先を揚げて、ゴマ、にんにく、醤油、みりん、酒、はちみつで作ったタレに少し浸すだけ。

自粛になってから、臭いを気にしなくていいので、にんにくの消費量が増えた。

イギリスからドイツへ引っ越し 学校編 

ドイツ人の夫が12月に急死した。その後、私は春に4人目の子供を出産した。色々迷っものの、夏に長女が7年間通ったイギリスの小学校を卒業するタイミングでドイツに引っ越すことに決めた。夏休みの時点で、子供達は11歳。7歳。5歳。そして0歳。今回は、引越しにあたっての大きな心配、子供達の学校についてまとめたいと思う。

子供たちのドイツ語はほぼゼロ状態。簡単な挨拶が出来る程度だった。一番心配したのは長女の学校だ。というのも、ドイツは10歳、11歳の時点の学力で、大きく分けて3種類のレベルの学校に振り分けられてしまい、大学に行けるか行けないかという大きな道がある程度決められてしまうからだ。ドイツ語が不足しているという理由だけで、長女の将来の選択の幅が狭まってしまうのはかわいそうすぎる。

その問題が実はあっさり解決した。

まだ4人目を出産前の、前に書いた泥棒事件があった頃に話は遡る。泥棒が入った翌々日に私たちは1週間の休暇をドイツの義両親のもとで過ごした。夫がいないのに、ドイツに行くなんて初めてのことだったが、夫がいなくなってから、義理の家族親戚との絆が深まったのも確かだった。義理の両親の英語はほぼ皆無に等しいので、英語のできる義理の兄弟が休みを取って滞在してくれた。私が引越しを考えていること、でも、長女の学校問題が気がかりであることを伝えると、あっさりと、「じゃあ電話して聞いてみよう」と、街の大きな高等学校に電話をしてくれた。10歳か11歳から8年間通う大学に行けるコースのギムナシウムという種類の学校だ。義理の兄弟が電話で簡単に我が家の事情を説明すると、「明日来ませんか?」とあっさり言われた。なんと偶然にも、この週に秋からの新学年の申し込みを受け付けているというのだ!

翌日、私は重たいお腹を抱えて、長女と義理の兄弟と一緒に街の学校まで出向いた。受付の人が、すぐに長女の名前を呼んでくれて、なんとも親切な応対をしてくれた。英語のできる校長先生と話す機会もあたえられた。

夫がわずか2ヶ月前に急死したこと、子供達3人、そしてお腹の子供を抱えて、義理の家族を頼って、ドイツに引越そうかと考えていること、他の子供はまだ小さいのでともかく、長女がドイツ語で苦労するのではないか?ドイツ語のせいで学力を低く見られて、将来の選択の幅が狭まるのではないか、というような不安を打ち明けた。

校長先生は、なんとも優しく、この学校は、海外からの短期滞在者の子供を多く受け入れて来て、外国語としてのドイツ語クラスを授業と並行して受けることができること、2年も経てば、子供達は必ずドイツ語を習得できることを、彼のこれまでの経験から語ってくれた。長女は優しい対応のこの校長先生と受付の人にすっかり安心したようだ。「この学校に通ってみたい」と言ったのだ!

大きな問題が解決した。ドイツ語ができなくても、高等教育を受けられる。もちろん、その後学力がついていかなければ、ドイツは落第や転校が普通だが、とにかく、長女には大きなチャンスが与えられたのだ。

他の子供たちの小学校と幼稚園は家が決まらなければ申し込めないというので、まずは、長女の学校から通える範囲で家を探すことになった。

今、実は子供達の春休み中で、どうも思うように時間がとれず、更新が滞っていたけど、次はドイツの引越し、家について、書いてみたいと思っている。