浮気されても慰謝料のないドイツ

浮気や不倫報道が日本のニュースで頻繁に取り上げられています。

幸い、亡くなった夫は女性にモテるタイプではなかったし(!)12年間の短い結婚生活の中で、私たちの中で、浮気疑惑やそれによる喧嘩などは一度もなかったです。

でも、子どもの年齢が上がるにつれ、私の周囲でも、浮気、そしてそこからの離婚を選ぶドイツ人夫婦、イギリス人夫婦、日本人との国際結婚夫婦がちらほら出てくるようになりました。

驚くことに、ドイツでは離婚の際に慰謝料というものが一切ないそうです。昔は日本のように慰謝料のシステムがあったらしいのですが、他人(法廷や弁護士)が個人の心理的状態に立ち入ることは不可能だ、ということに、数年前から決まったそうなのです。

浮気をされた方にも相手を繋ぎ止めておくことができなかった、そういう相手を選んで結婚してしまった、という落ち度があるのだ、と聞いたこともあります。

冷酷です。冷酷だけど、よくよく、今現在離婚の過程にある友達の状況を聞くと、ドイツの離婚のやり方には、それなりに良い部分もあるような気もします。

紙切れ一枚で離婚なんてことは、絶対にできません。子供がいればなおさらのことです。必ず弁護士が入って、別居期間が設けられ、いろいろな質問をされ、全ての経済状況を調べ上げられ、子供の養育権、養育費、どのくらいの頻度でどちらの親と時間を過ごすのか、将来の年金の分割の割合などなど、こと細かに決められるようです。

寝室が別になったら、気持ちがお互いになくなったら、結婚カウンセリングやセラピーでもお互いの関係が良くならなかったら、他に好きな人ができてしまったら、気持ちに正直に動くドイツ人。

もちろん、周りはショックを受けます。子供のことを考え、別れを切り出された方の心情を思いやり、みんなショックで周りは心を痛めます。でも、そのあとは、段階を踏んで離婚へと進み、子供は定期的にパパとママと時間を過ごし、親の方も、シングルになったのだからと、新しいパートナーをすぐ見つけようとする人もとても多いです。

子供のクラスには、そんな保護者がちらほらと。パパとママがそれぞれ再婚して、保護者会や学校のイベントには両方の夫婦4人が、子供一人についてくるところ。パパが離婚後ゲイだと公表して、パパと新しい男性パートナーで学校にくるところ。

クリスマスやイースターにはパパの方の祖父母、ママの方の祖父母、そして、新しいそれぞれのパートナーの親戚からも誘いや集まりがあり、みんな忙しそうです。

ステップファミリー、ドイツではパッチワークファミリーと言いますが、それが本当に普通に多い。みんな心労、悲しみはあったのだろうけど、はたから見れば普通のいい家族に見えます。そして、夫婦仲がいい。子供の前でキスしたり手を繋ぐのは当たり前だし、思いやりが垣間見れます。

逆に言えば、夫婦で仲が悪いところはないのかもしれません。そうなったら、あっさり(ではないでしょうが)別居、離婚を選ぶのでしょうね。愛がなくなったらそうするのでしょう。だから、どの夫婦も喧嘩はあっても愛はあるのでしょう。

最近、ドイツ人知人に言われたひどい言葉。

「あなたは今も亡くなったご主人を想って泣いているけど、今でも普通に結婚生活が続いていたら、浮気や喧嘩や不仲が起こっていたかもしれない。他の多くの夫婦のように」

ひどいでしょ。この言葉。悪気はなかったのだろうけど。

「そういう風には考えられません。私たちは幸せに普通に結婚していたのですから」と答えることしかできませんでした。

ドイツ人ママ友で、数年前に旦那さんが若い女性を好きになり、そちらと一緒になったために離婚した友達がいます。今でも、その裏切りの辛さで涙し、セラピーをとっている彼女。

裏切られた方はずっと傷が残ります。

死別とはまた違う傷。杏さんの傷も癒される日がきますように。

長女と長男セラピーを受ける

怒りがちな私より穏やかなダディが好きだったように思える長女と長男。当時末っ子だった3番目は私にべったりのママっ子だったけど。

長女10歳、長男7歳の時に大好きなダディがいなくなった。長女は静かに泣くことはあっても大泣きしたことは、少なくとも私の前ではなかった。死別してちょっと月日が経っても、一人号泣する私に気づいて、私と一緒に泣くのは長男の方だった。

長女は引っ越しも新しい学校もドイツ語のレッスンもこなして、弟妹たちの面倒もみて、いわゆる良い子だ。

長男は大好きなイギリスの友達と離れ、ドイツの小学校生活に軽くカルチャーショックを受け、荒れた。小児科の先生や学校の担任の勧めもあって、10回程度のセラピーを受けることになった。様々な精神的トラブルを持つ子ども達専用のセラピストだ。

まず私が先にセラピストの診療所に行き状況を説明した。所長の先生は夫よりちょっと年上の穏やかな方だった。でも先生が言うには、「僕がセラピーを担当することもできるけど、一見その方がいいように思うかもしれないけど、パパと同年代の男性だと、息子さんは逆につらいと思う。だから若い女性セラピストが合うと思う」とのこと。プロの決定に任せることにして、息子の最初のセラピーのセッションはわたしも同席した。若いセラピストの女性は明るく息子に話しかける。ゲームをしたり絵を描いたり、お喋りして月に数回1時間ずつ通うのだ。私には言えない感情や、自分自身でも処理出来てなかったダディとの別れの辛さ、引っ越しへの不満など、ちょっとでも気持ちが整理されればいいと思った。セラピー自体は楽しい時間らしく、行きたくないと言ったことは一度もなくすべてのセッションが終了した。延長するかどうかは私と息子本人次第というので、また将来的にお世話になるかもしれないけど、一旦おわらせた。サッカークラブにも入り、ドイツ語も上達して本人もこちらに馴染んできたのがわかる。とりあえず様子みだ。

そして。ここにきて思いがけず、長女がセラピーを受けたいと自分で言い出した。学校の先生で大好きな先生がいて、いいセラピストを紹介されたというのだ。長男がお世話になった所とは違う場所の中年女性セラピストだ。まだ数回しか通ってないが、娘はすごくセラピーの時間を大切にしているのが分かる。私もそのセラピストと1対1で定期的に会うのだが、長女の性格や学校の友達、周囲の人間関係をすっかり把握していて、人見知りな長女がここまで色々喋っていたことにポジティブに驚いた。

そのセラピストとの2回目の私の面談中に、私は自分の醜い本音をこぼしてしまった。他のママ友に対する嫉妬だ。すっと涙を落とし、訴える私に「きっと貴方もセラピーが必要ですよ」と彼女は優しく言った。

だけど、わたしは行きたくない。またもう一回全てを知らない人に話すのは疲れるし、まだ末っ子にも手がかかり、自由な時間はない。子供たちがセラピストにお世話になっているのに、そして、だからこそ良さも分かるのだけど。

ここに吐き出すことや、他の方のブログや本を読むことが私には今は向いてるとおもう。

死別者の集まりに行ってみた

夫が亡くなった病院でカウンセリングや様々な死別者の集まりがあることを聞いた。私の周囲の友人には、配偶者を亡くした人はいなかったので、勇気を出して一つの集まりに行ってみた。

教会のホール、日本でいうと公民館のようなところで、平日の午前に月2回ほど行われている死別者の会だった。ボランティアで運営されていて、参加するのにお金はかからない。

妊娠後期に入った私が、その部屋に入ってみると、私は明らかに異質な存在だった。イギリスの死別者の会。平日の午前。まず参加者は20人もいなかった。そして、アジア人は私のみ。そして、どうみても明らかに私が最年少。ほとんどの人は、私の祖父母の年代じゃないか?と思うほどだった。次に若い人でも60手前くらいの人だった。

一応自己紹介で、夫が亡くなった状況と、自分の近況を喋った。

みんな同情してくれたけど、優しかったけど、その日、その時間、私は得るものがなかった。知らない人の前で自分の状況を喋ることが疲れた。こういうグループは向いてないかもな、と思った。

それとは別に、カウンセリングのような形で、週に1回イギリス人の女性が病院から派遣されて、私とおしゃべりに来てくれることになった。これは、助けになった。1時間ほどお茶を飲みながら、我が家のリビングで毎週彼女に近況報告して、涙する時間は癒しになった。

ある時、彼女が、同じ町に、私と同年代で、同じく妊婦で、最近未亡人になった女性がいるといった。そして、私はその人に会いたいか?と聞かれた。深く考えずに、「はい」と答えたが、その後、その彼女のことを聞くことはなかった。きっと、その彼女の方が、私には会いたくなかったのだろう。

同じ若年未亡人といっても、それぞれ状況が全然違う。

重い病気で、死ぬのが悲しいけど予想されていた場合、交通事故や我が家のような突然死の場合、そして、経済的な状況の差や、義理の家族や子供達との関係、死別前の夫婦の関係などなどによって、死別後の感情にも、向き合い方にも差が出てくる。

そして、グリーフ、喪失感は、人それぞれなのだ。一人一人違った形で、向き合うとてもプライベートなものだ。

私は必死で、死別者のブログや本を読み漁った。そして、自分自身も日記のようなものをつけ始めた。

死別して、孤独感を感じることが増えた。子供といても、友達と居ても、孤独だ。夫に心の中で話しかけるが、返事はない。玄関やリビングのドアが開くたびに、夫が帰ってくるような錯覚や幻想を見た。

夢だったらいいのに。こんな悪夢を背負って生きていくのは苦しすぎる。死別者の集まりに行っても孤独感は変わらなかった。