ワクチン接種1回目終了

結局、義父母のコネで知り合いの医者がワクチンを私に打ってくれることになり、急遽行ってきた。ファイザー。接種センターだけではなく、個人の開業医にもワクチンが回されてきているので、医者個人の判断になり、こういうケースが増えているらしい。

街の保健局で、とにかく医者に飛び込んで訴えるしかない、と言われていたので、かかりつけの医者に訴えるつもりで予約をとっていたが、結局、この医者の方が早く呼んでくれたので、そちらに行くことに。

80歳の義父は、ワクチン2回終わって2週間経過したので、急に安心したようで、マスクなしで、私を車で迎えにきてくれて、一緒にその医者まで行った。もしももしも、ショック反応が出たらいけないので、私が運転しないほうがいいだろう、という判断だ。80歳に付き合ってもらう私。でも、ありがたい。

ちょっと早く着きすぎたので、アイスを食べて、義父とウロウロしていたら、結局時間ギリギリで走る羽目に。受付の女性が明らかにトランスジェンダーで、でも、全然普通で、やっぱここはヨーロッパだなと内心思いつつ。

書類にサインをして、簡単な問診へ。問診の時に言われたのは、ほとんどの人は1回目は副反応がないこと。2回目で多くの人が、1日か2日発熱したり頭痛が出たりすることだった。2回目は4週間後。そして、別室で若い女の子が、あっという間にワクチン接種。あっという間だった。本当に。

午後3時に接種して、その日は腕が少し重いなぁというだけだったけど、夜になって、急に眠気が強くなり、22時には就寝。次の日は休みで9時半まで寝ていたので、すごい長く寝た!!

そして、朝、次女がいった。「ママ、夜中にすごい叫んだよ。私、心配で起きて見にきたけど、ママ寝てた」だって。

これも副反応?!!

ドイツでは12歳から16歳の若者にもワクチン接種ができるようになるそう。そして、6月7日からは、優先順位が一切なくなって、誰でもワクチン申し込みができるようになるらしい。それなのに、ワクチン自体は足りてなくて、現場はてんてこ舞いだと。

私は結局ワクチン接種ができて、だいぶホッとしているけど、まだまだコロナは油断ができないなと思っている。新しい変異種もまたベトナムで見つかったらしいし。

それなのに、今日から学校は再び普通に再開。大丈夫かなぁ。。夏休みまであと5週間。このまま治まりますように!!

コロナウイルス変異種出現

これまでよりも7倍も強い感染力を持つと言われるコロナウイルスの変異種がイギリスで結構な数が確認され、オランダやデンマークでも見つかったということで、クリスマス前にまた、ドイツはざわざわしている。

イギリスからの渡航は禁止。飛行機は飛ばないし、車も検査が強まるようだ。今日のラジオで聞いたが、かなりの数のトラックが足止めされていて、このままだと、イギリスでは日用品や食料などの物資がクリスマス前にちゃんと届くのか不安もあるという。

きっとイギリスでは、また買い占めが起こるかもしれない。みんな不安だろうなと思う。

そして、こちらはクリスマス直前。我が家も買い出しが進んでいる。明日の23日に最後の買い物をする。ドイツでは、スーパーは24日の14時くらいまで開いている。25日と26日はクリスマスなので完全に閉店。そして、今年は27日が日曜日なので、また閉店。28日までは買い物に行くことができないので、相当焦る。

明日は早起きして、スーパーを3つくらい回る予定だ。お肉屋さんにも行きたいし、お米ともち米を買いに、アジア食料品店にも行く。早起きしよう。

今日、夫の両親が手作りのクリスマスのクッキーを持ってきた。義父母は医療用のごついマスク着用して、玄関の外で、3分くらい喋った。子供達の顔を見て、義母はまた泣いていた。抱きしめたい、一緒に遊びたい、一緒に食事がしたいと。

ドイツに来て初めてのバラバラのクリスマス。本当に、大変なことになってしまった。先日夫の命日があったのだが、その時も、マスク着用で一緒にお墓まいりをしたのみ。正味10分も一緒に過ごせなかった。

クリスマスカードが毎日届く季節になったのだが、今年の書き出しはほぼみんな一緒だ。「What a year!!」ほんと、なんという一年だったのだろう。今年は。

ドイツ再びロックダウンへ

ドイツはお店や学校は開いていた半ロックダウンが11月から続いていたが、それでも増え続けるコロナ新規感染者数が全く落ち着く気配がなく、とうとう明日の水曜からロックダウンになることが決定した。

お店は閉まり、学校もオンラインへ。春の引きこもり時期と同じようになる。

外出禁止令は一部の街に出ていて、夜間の外出が禁止されているらしい。

接触制限も二世帯5人まで。クリスマス24日から26日の三日間のみ、家族プラス4人のお客さんまでオッケーになる。(14歳以下は数に入らない)

私の友達や周りの友人は、全員、両親、祖父母と会うことをやめた。会うとしても、うちのように散歩で外で会うだけだという。

納得すれば、ちゃんとルールに従って行動できるのがドイツ人の良いところでもあるが、クリスマスの間、接触が増え、お酒も入り、家でリラックスしていたら、1月に入って感染者が増大するのは明らかだ。

今まで以上に気をつけて過ごしている。

クリスマスプレゼントはオンラインもいつも以上に利用して、全部揃った。クリスマスツリーも週末に木を買いに行って、飾り付けも終えた。今年は自分たちで木を切れるところに行く予定だったけど、息子との時間がうまく合わずに、結局、その日に切られたばかりの新鮮なモミの木を手に入れてきた。約180センチ。一気にクリスマスモードだ。子供達と家でのんびり過ごそう。健康に感謝して、コロナ収束を強く祈って。

コロナ増加中 秋休み

秋休み中だけど、遠出もしないで、おとなしい毎日を送っている。コロナが増えてきているのだ。周辺のヨーロッパ諸国に比べると、ドイツはまだ保たれている方なのだろうが、確実に第2波がきていると思われる。

子供達とボードゲームをして、DVDを見て、のんびり読書をして、たまに散歩やサイクリング。好きなだけ眠って好きな時に好きなものを食べる。

私、以外にインドア派かもしれない。友達とも随分集まっていない気がするが、なんだか大丈夫だ。義父母には頻繁に会ってるからかな。

音楽家の彼とは、あれから、もう一回友達含め4人で会いました。友達の家で、サルサと音楽談義。難しい話も出てきたけど、退屈することなく聞くことができました。

今日は薄暗く小雨模様。上の子供達は友達と会うというので、下の子供達を連れて、久しぶりに夕食は外食にしようかなと思っているところ。

そうそう、ずっと書くことが躊躇われて、遅くなってしまったけど、昨日、ようやくイギリスの知人にお悔やみのカードを送りました。数日前がお葬式だったそうです。ありきたりの文章じゃ、同じ死別者として、ちょっと足りないかな、と思ったり、でも、悲しみはそれぞれなのだから、お節介なことも書けないし、すごく悩みました。ただ、悲しみを想像すると言葉が見つからずに、すぐにカードを書けなかったこと、これからの寂しさを思うと胸が痛むこと、もしも、吐き出したい想いや何かあったらいつでも連絡ください、ということだけを書きました。死別直後なんて、その日1日を生きるので一生懸命だった。その日その日、目の前の数分を頑張って過ごすことでいっぱいいっぱいだった。本当に、人が亡くなるって悲しいことだ。寂しい。

サルサの踊れるパブへ

週末のことなんだけど。今週末はココとココとココで踊れるところがあるんだけど、もしも興味があったら来てみたら?というメッセージが、先日紹介された彼から来た。私の町と、近郊の町で、気軽にいけるところだという。

こんなコロナの中でも、いつもよりも気をつけて踊れるのだという。手を消毒したり、換気したり、連絡先を主催者に残したり、というルールがあるらしいが。

なんかすぐに誘いに乗るのも、ちょっと焦ってる感じがするかな?笑 とも思ったが、素直に興味があったし、行ってみることに。

22時ちょっと前から24時くらいまでいるから、というので22時15分ごろ行ってみたら、彼は学生のような若い子とサルサを踊っていた。曲が終わって、私に気づいて私の元へ。簡単な挨拶のみで、早速基本ステップを習う。とにかくどうも教えたいらしい。基本はとても簡単なので、私ももともと踊り好きだし、とりあえず1曲一緒に踊った。

そして一緒にノンアルコールビールを飲みながら、少し会話。子供のこと、ドイツのこと、サルサ、社交ダンスのこと。1時間くらい経って、私はもう帰ろうと思った。遅いし、そんなに基本ステップだけで踊れないし。

彼はまだ残っている感じだった。知り合いも多そうだし。

もうそろそろ帰るね、と告げると、あ、そう?じゃあまたね。次に踊れるところあったら知らせるから。と。

すごく近くに車を停めていたけど、暗いなか2分くらい歩いた。どこに車停めてるの?と聞いてくれなかったし、送ってもくれなかったから、私に好意があるわけじゃないな、と思った 笑。

だけど、久しぶりの夜遊びは楽しかったし、サルサの世界も全く健全で、若い学生から70近いだろうな?という人までいて、いい雰囲気だった。

コロナの前はもっともっともっと混雑していて週に何度も踊れるところがあったらしい。

また次回ぜひ!というメッセージが短く翌日来た。また会うだろうな、と思う。私としては、彼のことは好印象なのだ。フレンドリーだし、コミュニケーション力が高い人だな、という印象。

それにしても、コロナが少しずつ増えて来ていて、近くの学校も自宅待機になるところが出て来ている。感染者が生徒や先生に出た場合、その学年全部が2週間の自宅待機になるらしいのだ。どの学校も、いつ、そういう事態になってもおかしくないらしい。

その彼も、もう少し経つと大事なコンサート(彼はバイオリニスト)があるから、その前の期間はサルサは控えると言っていた。みんな気をつけながら、自己責任で行動しているなというドイツの雰囲気がある。

春の自粛期間はお天気も良かったし、日も長くて、人に会えなくても、子供達となんとか充実して過ごすことができたけど、これからどんどん日が短くなって、もう寒いし、こんな気候で自粛期間になったら、本当に辛そうだ。本当に、本当に、早く前の日常が戻って欲しい。

だいぶ遅れてコロナの結果がわかった

ようやく娘のコロナ検査の結果が出た。

陰性 でした。

ほっ。

子供達の学校では、冬に向けて、確実にコロナ感染が増えて陽性者が学校内で出て、学校閉鎖になることが確実に見込まれるということで、オンライン授業へ向けて着々と準備が進んでいる様子。春のロックダウン(ドイツは半ロックダウンだったけど)中は、オンラインレッスンといっても、課題が渡されただけだったけど、今回はちゃんとした授業をオンラインでも可能にしたいようだ。

近くの学校でも2週間閉鎖しているところがあるし(教師に感染者が出たため)、いつ閉鎖になってもおかしくない。

コロナの話題が収まるのはいつだろう。

コロナ検査の結果待ちだけど

今日の予定をキャンセルして私は家に待機。昨日受けた娘のコロナ検査の結果は明日出るはず。

娘はクラスメートに電話で状況を聞く。コロナ検査を昨日ちゃんと受けれた子供達と、まだ受けてない子供達がいるようだ。

そんなこんなしていたら、11時ごろに携帯にメッセージが。お父さんがコロナ陽性が出た、今回の渦中の娘さん、うちの娘のクラスメートの結果が陰性だったというのだ。

ということは、子供達全員、大丈夫だろうと大喜び。すぐに学校からも一斉メールが。明日から通常通り登校できるとのこと。

家族でも感染しないケースはこれまでもいくつか知り合いの知り合いレベルで聞いていたけど、今回もそれなのかな。

明日の結果への不安もだいぶ揺らいだ。ホッ。

娘 コロナ検査を受ける

今日はバタバタ心労で疲れた。ドイツ人友達と会っていたら、娘の学校から電話が。

娘のクラスのお父さんがコロナ検査で陽性になったから、クラス全員早退、そしてコロナ検査を受けて、結果が出るまで48時間家で待機するようにとのこと。

私も、娘を通して知らないうちに感染していたらと思うと、居ても立っても居られなくて、「もう帰るわ、全部私が触ったところ消毒して」と友達の家を出た。友達は、そんなリスクは低すぎるし、大丈夫よ、と何度も言ってくれたけど。

家に戻り、市のコロナホットラインコールセンターに電話。状況を説明する。娘には症状があるか聞かれたが、何もない。かかりつけの小児科でコロナ検査を受けるように言われて、いつもお世話になっているお医者さんに電話。

1時間後に来るように言われ、もしも車なら、そのあと、自分で検査を研究所まで持っていけるから時間が短縮されると言われ、自転車ではなく車で小児科に行くことに。

パニックになりつつ、教会のお友達、日本のお友達にお祈りのリクエストを送る。そして子供と祈る。クリスチャンの私は、やっぱり常に祈る。きっと大丈夫なはず。

娘と小児科の先生の診療所に向かった。先生は防護服は着てなくて、いつもの服装にマスクのみ。娘の鼻と喉から粘膜をとって、ケースに入れて、名前を書き、別のプラスティックの袋に入れて、私に託す。これを私が研究所のポストに投函するのだ。

とりあえず娘のみ48時間自宅待機。他の子供たちと私は普通に生活できるらしいが、色々不安で、とりあえず向こう48時間の予定を全部キャンセルした。

結果、また報告します。

ドイツで初めて入院

大学病院の皮膚科専門病棟に10日間入院していました。緊急入院扱いだったのですが、夜遅かったので、一旦家に戻って荷物をまとめて、翌日朝一番にくるように言われました。パジャマ、スリッパ、タオル、洗面道具、本、携帯、イヤホンをとりあえず3日分くらいまとめました。

初日、まだ部屋ができてないというので、荷物は看護士さんの部屋に置いて、検査から。コロナチェックも受けました。血液検査、血圧、そしてひどくなったスネの部分のケア(洗浄してガーゼを取り替える)を受けました。そしてドクターの検診。全ての状況をもう一度説明します。

部屋ができたというので、自分のベッドへ。二人部屋で50代後半くらいの女性が同室でした。だけど、私のベッドは大きな窓側だったし、おとなしそうな女性で安心しました。

荷物を開けてパジャマに着替えると、看護士さんに、書類を持って別の階に行って、写真撮影とレントゲンに行くように言われました。自分一人で大きな大学病院を移動です。写真撮影では、本当に醜い皮膚の全身写真をパンツとブラのみで。部分アップもあり、とにかくたくさん写真を撮られました。これが研究材料になったり、診断に使われるんだなぁと、もう恥も何もなく、とにかく治して欲しい一心でした。レントゲンはシャトルバスに乗って、大学病院のメインビルへ。パジャマでの移動にも抵抗なく、もうどうにでもなれ!の気分でした。

お昼ご飯は12時半。夜ご飯は17時半。朝は7時半くらい。朝と夜はパンとチーズとハム類で、一応パンの種類とチーズとハム類を選べます。お昼は温かい一般的な食事で3つの中から毎日選べて、向こう数日分まとめて頼みます。

それなりに美味しいのですが、私は毎日基本白米なので、パンばかりが辛かったです。

コロナで、身内のお見舞いも禁止。子供達に会いたい、洗濯と新しい衣類との交換はどうしたらいいの?と聞くと、受付に預けるか、病院の外のお庭で会うことができるということ。要は、私が外に出ればいいのだと。というわけで、毎日午後、義両親、子供達、友達とお庭で会っていました。体は病気ではないので、この時間は本当にありがたかったです。羊羹を持ってきてもらったり、日本の本を持ってきてもらったり、おにぎりを頼んだり。ありがたいなーと思いました。

皮膚の検査は続き、体全体の超音波検査、皮膚を取り切って行う皮膚検査も足と背中の2か所行われました。

光線治療が効かなかったので、クリームと飲み薬、とにかく休養でなおしていくことに。

数日後には新しい皮膚ができてきて、スネの部分のガーゼがとれ、回復に向かっているのか?と思いましたが、今度は手の甲と足の甲に新たな湿疹が。これがとにかく痒くて痒くて。

新たな湿疹ができている間は退院できない。検査結果が出るまでは退院できない、ということで、結局10日間。

最後の診断は、「ひどい湿疹」

内臓の病気ではありませんでした。今後は2週間に一度注射を打つ、注射治療になるということで退院。

最初の注射を退院前夜に打たれたのですが、この注射が一本10万円近くするという。もちろん保険でカバーされるので関係ないといえばないのですが。そして、自己注射だというのです!!自分で打て、と!!!

いや、それは無理です、私は打てません。というと看護士さんもお医者さんも笑う。簡単よ。お腹にブスッと打つのよ。と。いや、できません。と本当に心から入院中で一番焦りました。結局、診療所に駆け込めば、看護士さんがやってくれると納得させられ、よく考えてみれば、ドイツ人友達にお医者さんも看護士さんもいるのだから、頼めばいいのか、と心がホッとして、10日ぶりに退院。

久しぶりのお家はとにかく嬉しかった。病院のシャワーとトイレは古くて汚かったので、家のバスルームがありがたかった。整理整頓好きの長女がキッチンのいろいろを片付けてくれていたのも、すごく嬉しかった。

肌自体はまだまだ醜く、痒みもまだまだあるけど、薬とクリームと注射でゆっくり治していくことに。

湿疹の原因は最後まで不明。結局ストレスなのだろう。と。やっぱりセラピストに行った方がいいのでは?死別、シンママのストレスがあるのでは?ヨガをやった方がいいのでは?とにかくもっと休養するべきでは?などと言われるけど、とりあえずこの皮膚をなおして、再発しないようにストレスも溜めないように、気をつけていきたいなと思っているのみです。

自粛規制大幅緩和後初の週末

コロナ規制の自粛が大幅に緩和されたのが月曜日。カフェもレストランも営業開始。子供達のバレエも始まったし、来週からは野球も練習開始だ。(そうです、うちの子供達はドイツで超マイナーな野球をやってます)

今日はコロナ騒動以来全く会っていなかった日本人友達と、久しぶりに再会して街を散歩した。

いやぁびっくりした。すごい人だった!店内は人数制限しているし、皆マスク着用が義務だけど、人数制限の分だけ、店の前に結構な行列がたくさんできていた。

末っ子の誕生日が来週あるので、ちょっとプレゼントを見たかったけど、あまりの行列に諦めた。来週の平日の朝に行った方が良さそうだ。

こうやって見てると、コロナは落ち着いてきたのかな、とも思う。でも、私の街にも今も集中治療室で戦っている人はいるし、感染者はもちろんゼロではない。

今年は2年ぶりの夏の日本への帰省のつもりで、航空券を買っている。だけど、この危機のために、特別処置で航空券をキャンセルすることもできるらしい。子連れで飛行機を乗り継いで、高齢者の実家に帰ることも憚られ、キャンセルのつもりでいるが、本音は諦めがたい。でも、現実は厳しい。東京からさらに地方への国内線の飛行機移動が必要なのだが、今の所、ドイツから帰国すると、成田で、全員コロナの検査があるらしい。その結果を待つのに数日、成田待機。用意されたホテル、もしくは空港内で待つというこだ。そのあと、陽性なら治療開始。成田待機。そして、どうやら陰性でも14日は隔離なので、公共の交通機関を使えないので、自分でアレンジした成田空港そばで待機になるというのだが、これは本当の情報だろうか?それとも、海外から成田について、さらに国内線で飛行機移動が必要な陰性反応者だけを集めて、実家の最寄りの空港まではすぐに飛べるのだろうか?

この辺り、ネットで情報検索したり、ブログを探しているけど、とにかく状況は変わるし、なんとも言えない。情報お持ちの方は、ぜひ教えて欲しい。

2年ぶりの帰省はすごく楽しみだったけど、お祭りもないし、子供達も日本の体験入学にも行けないし(14日の隔離があるため。さらに今の状況では日本の学校にお願いしにくい)、日本の状況はこちらよりも良いとは言え、友達とプチ同窓会で騒いだりする雰囲気でもないだろう。

何よりも、私たちがくることで持ち込まれるリスクがぐっと上がって、高齢の親にとっては危険すぎるだろう。

一体いつ帰れるのだろう?秋?冬?

ピクニックも解禁されたようで、芝生でピクニックを楽しむ若者たちを見ながら、活気ある街の様子に、あぁきっとコロナはあっという間に収まって、普通に日本に帰れるんじゃないかな、と思ってしまうけど、現実はそれほど甘くないだろうな。

ドイツから子連れでこの夏に帰省したりしたら、やっぱり近所でも親は陰口を叩かれるかもしれないしな。

95パーセントは諦めてる。もっとかな。でも、やっぱり辛いな。日本に帰りたい。