今日印象に残った言葉

Do what’s right for you. No one else is walking in your shoes.

自分が思ったことをやればいい。あなたの人生なのだから。

後半直訳すれば、「他の人は誰もあなたの靴を履いて歩いているわけじゃないんだから」となるだろうか。この方がしっくりくる。

ヨーロッパに住んで長くなる。欧米はやっぱり、日本よりも個人主義。それでも、周囲の意見に心揺れたりすることは、ある。

死別して、若くして、普通ではない人生を歩むようになってから、いろんな人にいろんな意見を言われることがある。アドバイスのつもりで。親身になって。の人がほとんどだけど、時々、ちょっと高圧的な人や批判的な意見を聞くこともある。(あった)

だけど、これは私の人生。

誰も私の人生を歩いてない。私の経験をしてない。気持ちも悩みも涙も私のもの。だからやっぱり自分で思ったように生きていくしかない。

死別したばかりの人へ

私は死別してもう数年が経っている。数年経てば悲しみが去り、死別の苦しみを乗り越えているんじゃないかと思う人がいるかもしれない。そうであってほしいと思う人がいるかもしれない。何年もこんなどん底の気持ちのままで生きていけないと思っているだろう。

まさか死別して結構な年月が経っても、大泣きする日があり、号泣する日があり、心にグッと刃を刺されたような痛み、悲しみ、虚しさ、空虚さを覚える瞬間が今でもある、と知ったらどう思うだろうか?

私たちは死別の苦しみから逃れることはできない。乗り越えることなんてできないのだ、と私は実感している。

たとえ、恋人ができたとしても、再婚したとしても、子供達と周りの人たちとの関係やいろんなことが大方うまくいっていたとしても、私はずっと夫を恋しく思い、失った悲しさを自分の中に持ち続けるのだ。

愛する人がいないのに、持って行きどころのない愛。それが死別の悲しみかと思う。

でも、言えることは、その悲しみは形を変えるということだ。大きい日もあるし、小さい日もある。柔らかく愛しい日もあるし、強く鋭い日もある。

そして、だけど、日々は残酷で、私を成長させる。いやが応にもだ。自分の気持ちに敏感になり、悲しみと少しずつ自分なりに向かい合えるように、いつか、きっとなる。時間やプロセスはそれぞれだろうけど。

夫が生きていた頃、私は1、2週間先のことまでプランして、全ての準備が頭の中、もしくは実際に仕上がっている状態だった。子供が3人になってからは、むこう3日のことを考えるのに必死だった時期もあるけれど、だいたいうまくスケジュールをこなせていけることが多かった。

死別して2年くらいまでは、明日のことまで考えることができなかった。大きな予定(弁護士に会う約束とか子供の病院の予約とか)はちゃんと頭に入れるようにしていたけど、自分の予定、子供達の幼稚園や学校のことなどは、本当に考えられなかった。向こう2時間くらいを目標に生きる日々だった。とりあえず、その数時間過ごそう、生きよう、という日々。そして、だんだんと、明日のこと、明後日のことまでプランする余裕ができてきたように覚えている。

英語では one day at a time、とりあえず1日を頑張って過ごそう、みたいに励まされることが多いが、死別した時に one minute at a time、本当に目の前の少しの時間、わずか1分をとりあえず乗り越えよう、というように励まされることが多かったのを覚えている。

全てを投げ出したくなる瞬間があると思う。もう逃げてしまいたい、終えてしまいたいと思う日があると思う。でも、目の前の少しの時間を踏ん張って過ごそう。その繰り返しでいいのだと思う。大きなことを成すことができなくても、夢が変わっても、愛する人がそばになくても、瞬間瞬間を過ごし、次の日のことだけを考えて、なんとか1日過ごせれば、そういう日々が続けば、いつか、自分の死別の悲しみと向き合い、共存できると思える日がくると思う。

偉そうにアドバイスしていると聞こえたら申し訳ないけれど、そういう意図はないけれど、なぜかこういうことを書きたくなった。月曜は色々週末のことを思い、私は割と落ちる。

色んな人に言われたあんな事、こんな事

夫が亡くなってから、いろんな人が私と子供達を心配して訪ねてくれた。日本と違って、お線香をあげに、というわけではないけれど、お花を持って来てくれて、私の話を聞いてくれたり、一緒に泣いてくれたり、ハグしてくれるだけで本当にありがたかった。

でも、たまに、はぁ?!と思うことを言われることもあった。

羅列していく。

1 結構多かったけど、全然慰めにならなかったのはこれだ。「気持ちがわかるわ。私もおじいちゃんが亡くなったときに、、、、、、」と、続ける人。私は、最愛の夫を突然死で、若年で失ったのだ。親や祖父母が先に逝くのは順番だろう!と内心あきれ、かすかな怒りを覚えた。今考えれば、親や祖父母を失うことも相当な悲しみで、そもそも悲しみの比べっこなんて無意味だと分かるけど、当時はそう思う余裕がなかった。

2 もっとひどいのは、これだ。ペットの死と比べられて、「自分が飼い犬を失ってとても辛かったときに買ったペンダントと同じものを贈らせて」といった人。幾ら何でも、私の悲しみはペットとは比べられないはずだ。

3 これも今考えてもおかしな発言である。「まだ若いからいくらでも再婚のチャンスもあるわよ。子供がいっぱいいる人と再婚して、もっと大きな家族を作るかも」デリカシーのかけらもない。

4 これも辛かった。「きっと神様は大きなプランを持たれていて、今はわからないけど、きっと全ていい方向に行くわ」夫が40代で急死する意味はどこにあるというのか?

これらを言われたときは、あきれたけど、何も言い返せなかった。そんな強さも余裕もなかった。でも、心がすーっと凍り付くのを感じた。あぁ、こういう感覚の人とはもう友達でいられないな。と。

きっと、みんな何をいっていいのか分からなかったのだと思う。何も声をかけられないのが本当だろう。それなら、そういってくれるのが一番助かる。「なんて言っていいのか分からない」って。ただ一緒に座ってくれるだけでよかった。ただ泣いてくれるだけでよかった。手をさすってくれて肩を抱いてくれるだけでよかった。色んなアドバイスや助言は悲しみの直後に必要ない。