結婚指輪つけるか外すか

結婚してから一回も結婚指輪を外さなかった。お風呂の時も家事の時も外したことがない。そういうものだと思っていたからだ。

泥棒事件のところで書いたが、夫の結婚指輪は盗まれた。わたしの婚約指輪は奇跡のように出てきた。石のついた婚約指輪は、やっぱり日常使いにはしにくくて、大切に保管している。

死別しても、わたしはMrsだ。結婚指輪をつけ続けた。結婚式の誓いで「死が二人を分かつまで」と宣誓したが、まさかこんな短く結婚生活が終わるなんて思ってもみなかった。夫の死によって今わたしは書類上、法律では独身、シングルなのだが、結婚指輪をすることによって、わたしは今でも亡くなった夫の妻なのだ、と誇りというか、それがしっくりきた。

それが、死別2年近くなると苦しくなるようになってしまった。左手の薬指に圧迫感を覚え、指輪が目に入るたびに心が痛んだ。

その事に自分で気付いてから、誰にも相談することなく、わたしは結婚指輪を外した。そして婚約指輪と一緒に仕舞いこんだ。

指輪のないことに気づいた子供たちは少しだけ反論した。でも、わたしは、外すタイミングなのだと思った。心が少しだけ軽くなったからだ。何故だかは説明できないのだけど。

夫は私の心の中に住んでいる。私の一部だ。指輪で証明することはない、と思った。いつか新しい出会いがあるかもしれないから、指輪がない方がいいかも、とも思った。またしたくなったら、指輪をまたつければいいのだし、とも思った。

わたしは正真正銘死別シングルマザーだ。

アイデンティティ喪失

大学卒業して、割とすぐに結婚して、すぐにイギリスに引っ越した。ヨーロッパは夫婦やパートナーでの行動が多い。

パーティーに行くのも、食事に呼ばれるのも、いつも私たちは夫婦一緒だった。〇〇&▽▽。私は夫の名前と一緒にこう呼ばれること、カードにこう書かれることにすっかり慣れきっていた。

夫の死後は、受けとるカードに私の名前しか載ってない。私は一人なのだ。

私は妻としてのアイデンティティを失った。守ってくれる夫はもういない。

急に更地に放り出されたような怖さ。ほぼ専業主婦に近かったからなおさらだ。そして、言葉もできないドイツに引っ越してきたのだから、仕事ができるはずもなく、私は母親としてのアイデンティティだけになってしまった。

どうやって生きて行くのか?子供達をどう育てるのか?いつもいつも心の中で夫に話しかけて、模索する日々。

歯を抜いた。撃沈

もともと歯は弱かった。4回の妊娠と死別のストレスもあったのだろう。

ずっと抱えていた爆弾だった歯の痛みが凄く、かけこんだ歯科医にあっという間に抜歯されてしまった。ドイツに来て数ヶ月。評判も聞かずに、あまりの痛さに駆け込んだ近所の歯医者だ。ヤブだったかもしれない。

まだ30代なのに歯を失った。すごい落ち込みだ。10歳近く年上の夫も亡くなる数年前に同じ奥歯を抜歯した。夫も落ち込み、わたしは軽く笑った。歯が一本なくても大丈夫よ、と。

私は酷い妻だっただろうか。

夫を失って歯を失って想像する夫のきもち。

その後インプラントかブリッジで悩み、怖がりの私はブリッジを選んだ。色々聞きまくって、とてもいい歯医者に転院した。

反対側奥歯も爆弾らしい。いつか同じく抜歯だろう。

ストレスや疲れも良くないらしいが、わたしの生活、ストレスと疲れだらけじゃないか。

嫉妬

週末は特に最悪だ。どこに行っても家族連れやカップルが目につく。見ないようにしても、聞こえないふりをしても、気づいてしまう。カップルの何気ない目配せ、買い物袋をたくさん持つパパ、どこかの子どもが「パパ〜」と呼ぶ声。そして、ここは外国。至るところで軽いキスが交わされ、パーティーに呼ばれれば夫婦同伴。

まだドイツへの引っ越しを決めた事も子供たちの学校の色々も書いてないけれど、それはまた今後にしよう。

ドイツに来て1年後、親友のご主人の50歳のお誕生日パーティーに招待された。もちろん一人で行った。親友は優しく、周りの友だちも気をつかってくれたのだろう、私は一人でぼーっとなることはなく、常に誰かとおしゃべりできた。それでも、私は心の中で泣いていた。

夫は50になれなかった。私はもう夫の誕生日を祝えない。私は愛する人の横に立ってパーティーを楽しむことは出来ない。「奥さん」じゃあない。

その日私は新しい服を着ていた。夫の知らない服、靴、バッグ。夫の知らない物が増えるたび、さびしくなった。でも買い物をすることでのささやかな僅かな喜びは私に必要なものだった。

日本人友達が現地のご主人と軽くキスをするのを見てしまった。私はその後3週間は落ち込んだ。知ってる人のこういう場面は特に凹む。

嫉妬は深く心を疲れさせる。

死別して優しい人間になれると思っていたけど、私の心の奥はまだ醜いものが沢山ある。

バレンタインデー

今日はバレンタインデー。まだ、このブログの中で家のことや、お葬式のこと、お墓のことも書いてないけど、バレンタインだから思うことを今日は書こうと思う。

死別してからというもの他人の幸せを見るのがとても辛い。私たちは時々喧嘩をしながらも仲良くやってきた。いい夫婦だったと思う。死別したら思い出が美化されるというけれど、それを差し置いても、それなりに幸せでいい家族だったと思う。

それが一瞬にして変わってしまった。バレンタインにはいつも花束とカードをくれた夫はもういない。わたしを一番愛してくれる人がもういない。(もちろん子供は私が好きだと思うけど、ここでは男女間の話として)

手を繋いで歩く老夫婦、ちょっとした目配りをしながら微笑む同年代の夫婦、買い物袋を旦那様が多く持ってくれる夫婦、外だけどこそっとキスする夫婦。至るところで目にはいる普通の幸せ。私から奪われた。

私にあるのはこのドン底の暗くどろどろした深い悲しみ。私を一番に愛してくれる人はもういない。それでも生きていかなければならない。

私はお墓にお花を飾ってキャンドルを灯す。こんな悲しいバレンタインがあるだろうか。