4人目の出産は水中出産 前編

色々ありながらも月日は経ち、臨月になった。日本から母親が手伝いにきてくれ、出産準備にとりかかった。イギリスでの出産も4回目だ。イギリスの医療は国営で全て無料。出産も無料だが、そこは外国、日本とはいろいろなことが異なるらしい。私はイギリスでしか子供を産んでないので、いい意味でも悪い意味でも比べられないのだが、とりあえず私のこれまでの出産を思い出してみる。

一人目:初めてのことで不安で、陣痛が10分間隔になった時点で即病院へ。でも、まだ子宮口がそんなに開いてなく、先が長そうだということで、病院内を散歩するように言われる。何時間も夫と院内を散歩し、陣痛に堪え、それでもお産は進まず、疲れのみがピークに。結局、お医者さんの勧めで、無痛分娩に切り替え。陣痛と疲労の中、麻酔の同意書にサイン。自分で最後はいきめるように8割くらいの麻酔をされた。麻酔が効いたら痛みはぐっと減ったが、会陰切開もされた。子供は元気で、夫が立ち会いへその緒を切ってくれた。イギリスの病院は、当時、帝王切開なら3泊くらい、そうでなければ1泊くらいで家に帰るのが普通だった。赤ちゃんがお医者さんに点検を受けて、ママがオムツ替えや母乳をあげることなどに慣れたら、家に帰されるのだ。その後は、助産婦さんと保健婦さんが毎日家に来てくれて、赤ちゃんの体重を量ったり、ママの相談に乗ったりしてくれるシステムだ。そんな中、私は、6人部屋で一番長く滞在した。3泊だ。毎朝看護婦さんが、「もう帰れそう?」と私に聞き、「いや、まだ自信がないです」と答えた。とにかく麻酔の後の身体の回復がきつくボロボロだった。6人部屋で6人のママと6人の赤ちゃんが同室だ。基本は出産直後からママがずっと赤ちゃんの世話をしなくてはいけないのだ。いつも音はするし、病院の部屋は落ち着けるものではなかった。食事も全く量が足らず、日本人の友達が毎日届けてくれる日本食がなかったら、ちゃんと母乳も出なかったかもしれない、と思うほどだった。それでも、私はまだ若く、色々不安で長く滞在したのだった。とはいっても3泊だけど。

二人目:正直一番記憶にないお産なのだが、陣痛がピークの時に「やっぱり無痛分娩にしたいです」と訴えたら、「もう遅すぎるわよ」と言われ、笑気麻酔(イギリスでは一般的、ガスを自分で吸う)だけで乗りきった。会陰切開はされなかったが、少し裂けた。やはり、夫が立ち会いへその緒を切ってくれた。2回目だけに夫が落ち着いていたのを覚えている。1泊して翌日には退院した。上の子供のことが心配だったし、家の方が落ち着けると思った。

三人目:経産婦だし、予定日より早まるとなぜか信じていたのに予定日を1週間超えても、全然出産の気配がなく、とにかく動くように言われた。散歩して、階段を上り下りして、公園でシーソーに乗ったりもした。結局10日遅れで出産となったのだが、一番小さい赤ちゃんで、とにかくお産が楽だった。痛み止めも麻酔も何も使わず、下が切れることもなく、出産後1時間もたてば、立って歩くことができるほどだった。結局24時間以内に退院した。一番楽なお産だった。やはり、夫が立会い、へその緒も切ってくれた。

そして今回の四人目の出産。夫はいない。もう四人目だし、三人目の出産はすごく楽だったし、私は一人でタクシーで行って一人で産んで来ようと思っていた。イギリスではバースプランといって、自分の希望する出産計画を書くのだが、その時にも、なるべく痛み止めや麻酔を使わずに立ち会いもなしで、と書いていた。が、その後、いろんな友達や友人に、「一人じゃ不安だろうし、誰かいたほうがいい」「もし私でよければ立ち会うよ」と言ってもらった。結局、イギリス人の友達に、私が希望するときまで一緒にいてもらうことをお願いして、そして、できれば、出産プールを使いたいと希望した。

イギリスは無料だが、陣痛を耐える部屋と出産の部屋は同じで、個室だ。お風呂も各部屋についていて、自分の好きなように部屋を使える。これまでの出産で、お風呂に入ると陣痛が和らぐことを実感していたので、できれば、そのまま水の中で産みたいかもしれないと思ったのだ。

私の街の病院には水中出産できる個室が2つあった。お産が始まった時点で、その部屋が空いていれば使えるということだった。

続きはまた後編で。

投稿者: shibetsusingle

イギリスで30代で未亡人になり、その後、夫の故郷のドイツに移住。4人の子供を育てる死別シングルママです。

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